第3話  彼女が帰れない理由


「風が強いね。春の嵐やね。こんな風の日は、うっかり外は歩かれへんわ」

 窓の外を見ながら彼女が言った。


 確かに、夕方になってから、少しずつ風が強くなってきている。


「そやな。なんか、台風並みの突風が吹くかもって、言うてたな。でも、それは真夜中過ぎやって言うてたから。まだ今は大丈夫やで」


 今日は、僕の部屋で、彼女と昼ご飯を一緒に作って食べた。僕の作ったエビグラタンは大好評で、彼女はおかわりまでしていたし、晩ご飯用に持って帰る、と言って、せっせとタッパーに取り分けてもいた。


(よかった。今日の彼女は、ゴキゲンだ)


 平穏に暮らす僕の心に、大きな波紋を投げかけるのは、いつも彼女の一言だ。


でも、今日は、昼ご飯のあとも、穏やかに2人でおしゃべりを楽しみ、今のところ、不穏な気配は、まったくなさそうだ。……よかった。僕は、安堵する。


 ホワイトデーのプレゼントの小さなペンダントも、どうやらとっても気に入ってくれたみたいだし、久々に、彼女は満面の笑顔だ。


 しかも、このところの懸案事項だった筋トレ問題も、少しずつだけど、効果が出始めているみたいで、久々に、僕も余裕の笑顔だ。


 お腹の筋トレと言えば腹筋だと思ってたけど、前後開脚での屈伸が効果的だと先輩が教えてくれたおかげかもしれない。


 よしよし。今日は平和だ。そう思っていると、彼女が言ったのだ。風が強いね、と。そして、また続けて言ったのだ。


「あ、雨も降ってきた。なんだか雨粒も大きそう。すぐにはやみそうにないね」

「あ、ほんまやな」僕も答える。

「あ、私、傘持ってきてない」

「そやな」  

「あ、なんか、お昼、美味しすぎていっぱい食べたし、そのあと、おしゃべりしながら、いっぱいお茶飲んだからか、なんか、お腹重くて動かれへん」

「たしかに。ふふ。めっちゃ食べたし、飲んだよね。よっぽど美味しかったんやね」

 僕は、彼女にほほ笑みかける。


「……美味しかったし、おしゃべりも楽しかったし、プレゼントもめっちゃ気に入ったし、筋トレも頑張ってるみたいやし、そうやって、あなたが幸せそうに笑ってる顔見たら」


 彼女が、僕をキッと見つめて、言った。

「ここから動かれへん。っていうか、動きたくないねん」

うつむいた彼女の耳が赤い。


 僕の心は一気に波立つ。

(え? え? それって、つまり、今日は帰りたくないってこと? さっきからいっぱい並べ立ててた言葉は、もしかして、帰りたくない『いいわけ』やったん?)


(可愛い……)

 僕は、嬉しくなって、思わず彼女を抱きしめて言った。

「今日は帰らんといて。一緒におってよ」

 腕の中で、彼女が小さくうなずいた。

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