第14話 Fly Me To The Moon
私は「時の加護者」アカネ。
カイト国での魔人ダリ&ジャクの騒動は光鳥たちのおかげで無事に済んでよかった。早くルカを探して異世界アーリーに戻らないと。その為にも今回のミッションは成功させなきゃいけない。
—現世 茜の部屋—
〖アカネ様、感じます。ルカの魔素です〗
「そう、今日は上弦の月ね」
以前は単に半月と呼んでいたが、ルカの行方を探すようになってからは、いろいろな月の呼び名を覚えてしまった。三日月や十五夜など月の呼び名には日付をつける事が多いが、なかには、小望月や立待月などの様に日本の奥ゆかしさを感じ入るような呼び名も存在する。
「じゃ、時の狭間を開けるよ」
ベランダに腰を掛け、月を見上げたままに、右手の時計の針を回転させる。この風情ある月や雲がどの様に線画になっていくのかが興味があったからだ。
なるほど、月や雲は簡素化された記号に近い風景になっていく。何ならどこかの和菓子屋の包装紙になっても良い感じのすっきりした線画だ。
そして私はシエラの感じるまま魔素の気配と、アメリカのアーカンソー川で約束をしたラズウェルの顔を思い浮かべる。
そうすることで今頃、ルカの近くにいながら手をこまねいているラズウェルのもとへ、時の狭間の出口は開くからだ。
雲と月の線画は新たに書き換えられ、見知らぬ街並みが描かれていく。
線画に色が付き始めると、その街並みは、日本の「初大駅」近辺によく似ている気がした。
そして目に付いた看板の文字でここがどこの国かすぐにわかった。ここはS国だ。
「どうしましょうか?」
〖私たちっていい女だから、何もしなくても目を引くじゃん。だから、ここに居ればきっとあちらさんからやってくるよ〗
「そうですね! 」
言ってるそばから大通りを挟む向こう側のウォームライトで照らされたウッドテラスのあるお店から5人の酔っぱらいが近づいて来る。
〖ほら、早速来たよ。手を出さないでね〗
「はい.. しかし、わざわざ演技までして、バレバレですね」
私たちは絶えずぶつけて来る彼らの目線や気配を野生の動物以上に感じる事が出来る。そういう意味では、気配を消しつつ声をかけるまで近づいてきたラズウェルは、やはり凄腕なのだ。
私たちの手前でひとりがしゃがんで靴ひもを直し始める。連れの女が一緒にその場に留まる。他の3人は先に進み、私たちの横を通り過ぎていく。
そして....
前後を挟み、素早く銃口が向けられる。それぞれの身に着けているバッグや手に持つ衣服で銃口を隠している。
「妙な動きをしないでください、Ms.ワム。一緒に来ていただけますか? 」
ご苦労な事だ.. そんな事しなくても、ただ声をかけてくれればいいのに....
ウッドテラスの奥にあるドアを開けると、そこは5人カウンターとテーブル席が2つだけのこじんまりしたBARだった。
私がカウンターに座ると、バーテンダーが『何か作りましょうか?』と尋ねてきた。
「どうします? 」
〖私は未成年だからお酒は無理だよ〗
「えっと.. じゃあ、みかんジュースある? 」
シエラの最近のお気に入りは、和歌山のおばさんが送ってくれた和歌山みかんジュースだ。
バーテンダーは少し肩をすくめると、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して、コップに注いでくれた。
バーテンダーはオレンジジュースを再び冷蔵庫へ納めると、カウンターから出て、店の奥にある棚からレコードを1枚選び出し、切り株テーブル上の蓄音機に乗せた。
それから5分くらい経過すると帽子を深く被り、シックなスーツを着こなした男が現れた。日本人が着るサラリーマン的なスーツとは違い、どこかイギリス紳士的な気品があった。
「君はまったく驚かないんだな。普通は銃に囲まれれば少しは意識するものだ」
『驚くも何も、あんな展開は私が好きなスパイ映画では常套手段でしょ 』
「ははは。ミッションインポッシブルだね。あの映画は僕も好きだよ。君は絶対の自信があるんだね」
『うん。あなたもそれを知って私たちに声をかけたんでしょ? 』
「まぁ、それもあるんだけどね.. でも一番の理由、それは僕の個人的な興味からさ」
彼の妙に色気のある目線に..
「アカネ様、どうしました? 体温が上がってますが? 」
〖何でもない! 大丈夫だよ〗
『と、ところで、ルカは何処にいるの? 』
「まぁ、落ち着いて.. ほら、この曲、いい曲だろ? 」
『曲? 』
「ああ、『Fly Me To The Moon』さ。ここにはフランク・シナトラのしか置いていなくてね。このドリス・デイのレコードは僕の実家から持ってきたんだよ。フランク・シナトラの明るく能天気な歌とは違って、心の奥にある情感が伝わる歌声だろ。満月がフランク・シナトラだとすると今日みたいなハーフムーンの夜はやはりドリス・デイだよ」
話の半分も頭に入って来なかったけど好きなように語ってもらった。
『ところで.. 』
「ルカだね、彼はこの国の隣にいるよ」
『この国の隣ってN国』
「ああ、その通りだよ。彼はN国の施設に収容されている。奴らもルカの情報は掴んでいたってことだ。奴らが興味あるのはルカが放つ闇の炎だろう。ルカは研究材料とされてしまうよ」
『じゃ、すぐ救出しなきゃ! 連れて行って!』
「いや、さすがにあの国に、俺たちが堂々と立ち入ることはできない。合法的にはね。しかし、何年もの間、我々の諜報員がコツコツと監視体制を整えてきた。俺が君を誘導しよう。これを耳に付けるんだ。今度は断る理由はないだろ? 」
『うん。わかった、頼むね』
「じゃ、今から15分後に作戦を開始しよう。国境を越えたら、なるべく大きな通りを選んで歩いてほしい。君、時計はあるかい?」
『時計? ははは』
時の加護者の私に時計の所持を確認するなんて、思わず笑ってしまった。
『ところで、大きな通りを歩いては、目立ってまずいんじゃないの? 』
「いや、意外と彼らの夜は無防備なんだ。 ..でも、さすがに、その服装は目立つかな.... 」
確かに、部屋から急いで来たとはいえ、ちいかわ緑パーカーで来たのは失敗だったかも。それに汚れたりするのも嫌だし..
彼がバーテンダーに目配せすると、足元の食料庫の中から黒レザーのツナギを取り出した。
「おお、似合うね。まるでブラックウィドウ、いや君の場合どちらかというとウルトラヴァイオレットっぽいね」
何だかよくわからないけど、何となく峰不二子っぽくてかっこいい。しかし、このラズウェルって人はかなりオタク入っているような気がする。
『好き勝手にやらせてもらうけど、一応聞いて置く。やっちゃダメな事ってある? 』
「そうだな。うちの国が関わっている事は極秘事項だな。それと.. 」
『「それと..」?』
「どうか死なないでほしい」
『そっちは100%約束できるよ。何たって私の守りは「無限」なんだから』
「そっか、それならOKだ! 」
私は上弦の月に飛び上がると屋根伝いにいくつもの家を飛び越え、やがてN国との国境に着いた。
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