2リンゴ 最初の出会い
「会社に五泊したくらいでなんだ! 社会人になったのならそれぐらい普通だ! ほかの人を見てみろ、七泊なんか当たり前にしてるんだぞ!」
髪の毛をバーコード状に張り付けたツヤのある頭を赤く染め、怒鳴る小太りのおっさん。
「そ・れ・に! あそこにいる宇津呂くんなんて一か月家に帰らずに仕事しとるぞ!」
二の腕をぷるぷると揺らしながら、半分くらいで切れた魚肉ソーセージのような短い指で指すのは同じ課にいる宇津呂(うつろ)さん。目の下に大きな隈を作り、デスクの上に何本も転がっているものと同じ栄養ドリンクをぐびぐびと飲んでいる。この小太りのおっさん(役職上は課長)が先ほど紹介してくれた通り、一か月近くこのオフィスに縛り付けられている去年新卒で入社した社畜な先輩である。
ちなみに怒られている私はこのブラック企業に今年入社してしまった哀れな小娘。名前を火塀(ひへい) 詩照(してる)と申します。よく「疲れてそうな名前だね」と言われます。まぁ実際疲れてはいますがね。
バーコードハゲの口は今も止まることなく動いている。頬に着いた無駄なお肉を上下に揺らしながら。
……どうしてこんな会社に入社しちゃったんだろう。
自分の上司であるハゲ野郎の罵詈を、耳を通すことなく流しぼけーっとしていると、丸っこいハゲの体の後ろに黒い何かが見えた気がした。
見間違い、きっとそうだ。徹夜の影響で見えた幻覚だ。いたとしても、黒光りを身にまとうGくらいだろう。
徹夜明けでしょぼしょぼする目をこすり、もう一度ハゲ豚の後ろを見る。
さっきよりもハッキリと見えてしまったそれは、Gではなかった。まだ、Gの方が良かった。見えたそれが、この世のものではなかったから。
全身が黒を基調とした肌でつつまれ、頭の横には二本のツノ。骸骨のような顔にはめ込まれている炎のような眼球。だらしなくぶら下がり、それぞれが二メートルはあるであろう四本の長い手足。その先には雑に伸びた鋭い爪。そのすべてがつながる胴体には肉という肉がなく、肌が骨にぴったりと張り付いている。
「ちょっと、火塀くん聞いているのか!? それにさっきから何を見て――」
「あ、ちょ……」
私の視線が自分の後ろを見ていることに気づいてしまった豚は、ゆっくりと後ろを向く。
「なんだ、何もないじゃないか。と、に、か、く! もっとちゃんと働け!」
向き直ったクズは短い人差し指を私に突きつけ、「早く仕事に戻り給え」と最悪な指示を飛ばす。
良かった、見えてない。いや、何も良くは無い。つまりこの化け物は私にしか見えていないということなのだから。
うまくまとまらない思考をいったん止め、軽く頭を下げる。次に頭を上げたとき、怪物はもうそこにはいなかった。
そして、これが私と「アックマ」の最初の出会いだった。
悪魔のお仕事 琥珀 忘私 @kohaku_kun
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。悪魔のお仕事の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます