第145話 大瀑布


「見えたぞ!」


 視線の先には一面に広がる崖、崖、崖。彼方此方から水が大瀑布に向けて集まってきている。ちなみいつもよりガイブとの距離は近い、凄まじい水の轟音により会話が耳にはいってこないからだ。


 リュケスの【骸の道デスロード】によって接岸すると最後の調整作業に入る。


 備品のチェック、舟の破損の確認、設備点検を慎重に終え、リュケス、デュラハン、ゴブ、2号の最終調整を行う。ガイブは薬の調合、防具のメンテを終えたようだ。


「要らない物はここに置いていこう。この先は少しでも軽い方がいい」


「そうだな」


 しかし実際のところほとんどの荷物はルセインの物である。ちなみに戻れない事も考慮し二股狼の遺体は持ち歩き。護衛のゴブリンはゴブと二号しかいない。


「ルセイン、番いはいるのか?」


「つ、番い? 番いって伴侶ってことだよな。唐突だな。うーん。いる……かな」


「なんだそのにやけ顔は気持ち悪いぞ」


 オリビアを思い浮かべてうっかり顔に出てしまったらしい。確かに恋する乙女のような気持ちに一瞬なってしまった。しかし、気持ち悪いは酷くないだろうか? うっかり顔に出してしまった自分を恨む。


「お前はいるのかよ。大事な人?」


「番か? 俺は強いから、子を作りたい雌はいくらでもいるだろう。しかし、今は興味ない。それよりもナンナの今後が心配だ」


 確かに獣人のナンナはコボルトとでは子をなすことはできないだろう。コミュニティには上手く溶け込んでいるがナンナの将来の事を考えると果たしてそれが良いのかは分からない。


「できれば俺はお前と番いになって欲しいと考えている」


「はっ? 俺とナンナが? ないだろうそれは」


「そうでもないぞ。最近はお前に懐き始めているではないか?」


 冗談で言っているのかと思いきやガイブの表情は至って真面目である。茶化すのはまずい。かといってOKなどとは口が裂けても言えない。そもそも俺に幼女趣味はない。


「なんだ、気に入らないのか?」


「気にいるとか、いらないとかの問題じゃないんだ。そもそもコボルトと生活をするかしないかはナンナが決めることだろ? それに俺は心に決めて女がいるんだ。ナンナにはいずれ良い男が現れるさ」


「では、問題ないな。一つ目の問題はほぼクリアしている。その心に決めている女とナンナを同時に番いにすれば良い」


「おぉぉい! 人族の伴侶は一人だけなの。ダメったらダメだ」


 国によっては一人ではないところもあるだろうがここは面倒くさくなりそうだ、こういう話にしておこう。


「そうか。しかし俺に何かあったらナンナは頼むぞ」


「そうなりそうだったら逃げてくれよ。遺言は受け取らない」


 いざというときは自分の命を賭けてでもガイブを守ると心に決める。ガイブの命と自分の脱出を天秤にかけるつもりはない。種族は違えどガイブは仲間なのだ。


「よし、行こう!」


 ※※※


 舟のロープを切る。急流の中央に勢いよく出ると。二人でオールを使い舟を押し出す。全方向から集まる水流は激しさを増しルセインとガイブは既にずぶ濡れである。念のため足と舟を【骸の道デスロード】により固定しているがこの急流である。何が起こるか分からない。水飛沫で息ができない。普段から鍛えている体幹を持ってしても、水に揉みくちゃにされ、自分が立っているのか浮かんでいるのかわからない程である。


 ズォォォォォォォォ


 崖の先が目の前に迫る。あと数秒でこの舟は空を舞う事になる。ガイブが最後に勢いよくオールで舟を押し出すと水流に押し出され舟は空を飛んだ。


 ゴォォォォォォォォ


 凄まじ勢いで落下する舟。風を切る音以外何も聞くことはできない。舟はロープと【骸の道デスロード】で固定され、荷物や仲間が放り出されることはないがこのまま落下傘が開けなければ確実な死が待っている。


「※※※!」


「@#¥&@#¥%」


 無我夢中で落下傘を起動させようとするが。重力に逆らい腕や体を動かすのは難しく、思うように動かせない。ルセインはリュケスに自分を固定せるとナイフを伸ばして落下傘を起動させる。


 バッ!!!


 激しく海面を打つような音と共に舟の数倍はある麻の布が開かれる。一瞬、空気の抵抗で体が舟から放り出されそうになるがリュケスのおかげで放り出されることは免れた。


「成功した」


「おお。飛んでるぞ」


 緩やかに大瀑布の中心へと落ちる落下傘つきの小舟。底が見えない奈落には何が待っているのだろうか? 


 ※


 大瀑布とは大きな滝である。ルセインは漠然とそのような認識でいた。水が落ちる先には水嵩があり、それなりの深さある川、あるいは湖、もしくは海があるのだろうと考えていた。


 しかし巨大な空洞には底が見えず、大量の水は奈落に向けて落ちる際に分散し、ルセインに飛沫として感じられる程度だけである。また、暗闇には光源などはなく、底に向かうにつれ地上の明るさも徐々に失われつつある。


「少し寒くなってきたな」


「そうか?」


 ダンジョン内で幾度かあった会話だが体温の高いガイブと人族のルセインでは寒暖差の感覚が全く合わない。当初は寒さ暑さ共に強く、それをさも当然のように話すガイブにイライラしていた。


 しかし、慣れというものは恐ろしく、ルセインは荷物から外套を取り出すと感情を表に出すことなく無言で羽織る。


「松明を、いや、ランプをつけよう」


 落下傘に万が一でも引火すれば二人の命は終了である。体が大きいリュケスを棺に戻すと比較的スリムなデュラハンを使役し雑務にあたらせる。


 淡々と作業をこなしているとデュラハンの胸元をより何かが転げ落ちる。船底に落ちた物は先日手に入れた黒鎧の持っていたロッドである。ルセインは落ちたロッドを拾い上げようと指示をするがその指示を出す前にデュラハンはロッドを拾い上げてしまう。


「あれ?」


 生前の意識の現れであろうか? 指示に従わないとは珍しい。いや、初めてかもしれない。あのロッドはデュラハンにとって何か特別な意味があるものかもしれない。ルセインがデュラハンとロッドに注目してみているとあるものに気付く。


「ガイブ一緒に見てくれない?」


「どうした?」


 二人の視線の先にはロッドがあり、その先には薄らと毛玉のようなものが蠢いている

。蠢いている物は僅かながら動きをみせ、強力な磁石に山ほど砂鉄をくっつけたようなケバケバしい形をとる。


 何気なくその黒い物に指先を触れると熱が一瞬にして奪われる。違和感を受け、すぐさま手を引っ込めるが指先はすぐに熱を取り戻さず軽い倦怠感を保っていた。


「これがどうかしたのか?」


 ガイブがその砂鉄もどきに指先を触れると同じようにすぐさま指を引っ込め、指先の違和感を確かめるように左手でさする。


「これは?」


「うーむ。分からない。デュラハンの能力の一端かもしれない」


 試しにロッドの先からケバケバを放出しようと使役してみるが丸く大きく集まるばかりで、一定の大きさになると、もぞもぞと動いたのち、一瞬で分散してしまう。


「能力の一端がわかるのは嬉しいけれど即戦力という訳にはいかないないな。相変わらず燃費は悪いみたいだし」


 使役を解除しなくてはならないというわけではないが、ルセインは疲労感を覚えている。まだまだ底には着きそうはない。ルセインはガイブと交代して休憩をとることにする。


「疲れた。先に休ませてくれ」


「何かあったら起こす」


 船底に体をはめこむように横になるとすぐに眠気が襲う。

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