第144話 焚いたり焚かなかったり


 暗闇を抜け数日。密林の中の急流を順調に進んでいる。密林の中にはダンジョントレントやオーガなどがいるらしいがアヤカ印特製の香を使う事により魔物がルセイン達を襲うことはない。しかし、この香には大きな副作用がある。なんと獣人のガイブにも効果が出てしまうのだ。


「ウゥオェ。もう何も出ないぞ。まだか、まだ舟は大瀑布にはつかないのか?」


 顔からは汗が下垂れ落ちておち、僅かながら呼吸も早くなってきている。流石に限界であると判断し香の火を消す。


「や、やめろ。敵が来るぞ」


「このままでは大瀑布に着く前にお前が死んでしまう。臭いを止めたからといって必ず襲われるというものでもない」


 舟は風を切り急流を下り続ける。香を止めてしばらく経つが今のところ魔物に襲われることはない。ガイブが鼻をひくつかせると間も無くして身体を起こす。


「もう大丈夫だ、香を焚いても構わないぞ」


「いや、やめておこう。また倒れられても困るしな」


 小さく笑う。ガイブも困り顔を浮かべていたが、なにかに気付いたようで一瞬で真顔に戻る。


「何かこっちに来る!」


 人間の頭程の石がルセインの鼻先を通り過ぎる。


「敵だ!」


 急流を下る舟は足場が悪い。何とか足に力を込めるとルセインとガイブは臨戦態勢に入る。密林から出てきたのは全身紫色に染まった恵体。手にはその辺で拾った石や倒木などを持ち、投擲に次ぐ投擲でルセインやガイブを狙う。


「聞いていたオーガだな」


 腰についている魔連弩を構え、密林を抜け、こちらに走るオーガに向かって矢の標準を合わせた。


 ※


 密林から姿を現しこちらを追いかけるオーガ。舟に致命打を与えられないよう攻撃を防ぐルセインとガイブ。こちらから攻撃ができない中、オーガは一方的に岩や倒木を舟に向けて投擲する。


 舟が急流を下っているとはいえ、陸のオーガの足取りは軽く。このままでは追いつかれないにしても、投擲により舟が損傷する可能性が高い。


「クソッ! 一度迎撃しなくてはダメだな」


「俺が先に行く。ルセインは舟を頼む」


 ルセインが舵をとり、ガイブは舟を飛び出す。追いかけてくるオーガは三匹。二匹は投擲を続け、一匹はガイブに向かって来る。


 ゴッッ


 接敵してすぐにガイブが繰り出す拳打がオーガの顔に綺麗に入る。オーガは一瞬怯んだものの、すぐさま拳で反撃し、上半身を逸らして拳を避ける。


「打たれ強いな」


 バックステップで距離をとると、ピンク色のガラス管を取り出すと薬剤を首に差し込む。筋肉が肥大化し、風となったガイブの一撃がオーガの右頬をなぐり飛ばす。恵体は宙に浮き、勢いよく密林に吹っ飛ぶ。


「綺麗に入ったな!」


 今度こそ倒し切ったと踵を返そうとすると、オーガは大したことはないと言う様子で頭を振りながら密林より現れる。


「強さを見誤ったか……」


 懐に手を入れると次は紫色のガラス管を取り出す。


「一気に行くぞ!」


 ※※※


 一方、ルセインは慣れていない操舵に手間取っており、急流を制することができず、岸に舟を着けられずにいた。


「上手くいかない。リュケス!」


 【骸の道デスロード】を発動させると亡者をロープ代わりにして舟を強引に着岸させる。ルセインは冷や汗を流しながら、何とか上手くいったと汗を拭おうとするが、すぐ脇に大木が突き刺さる。ギィッという低い音と共に舟の底に大穴が空く。


「なっ! この野郎!」


 【恐怖テラー


 リュケスによる【恐怖テラー】でオーガを何とか退けたものの舟の底からは水が溢れて出てしまう。【骸の壁スカルウォール】を応急処置に使い穴を塞ぐ。なんとか沈没は免れたものの、一度きちんとした修理が必要だろう。予め持ってきた木材を使い修理をしていると返り血を浴びたガイブが船へと合流する。


「舟は直りそうか?」


「なんとか。最悪はこの骸で水が防げないこともない」


「その骸はそんなに密度が高い物なのか? 優れ物だな」


 ガイブは感心してくれるがルセインの心情としてはちゃんとした木材で修理してから探索を再開したい。穴が塞がる、ふさがらない、ではなく圧倒的に見栄えが悪すぎる。


 そんなことを考えているとガイブが首を傾げている。


「んっ? ほかにも気になる事があるのか?」


「いや。あのように木や石が飛び交ったにも関わらずこの程度で済んだのはついていたと思ってな」


 確かについていたと言える。舟の様子を改めて見るが船底に穴が空いた以外に大きな傷はないように見える。魔物が強くなりつつある中、この程度の被害で探索を進められている事に感謝するべきなのかもしれない。


「さあ、行こう。また魔物が襲ってくるかもしれない」



 ※※※


 その後はガイブの体調と相談しながら、香を焚いたり焚かなかったりして、舟を進めていく。散発的に魔物に見つかるがちょっかいをかけられる程度で本格的に襲われることはなかった。このまま何もなければ二、三日で大瀑布へと辿り着けるはずである。


「なあ、一つ気になったのだが聞いて良いか?」


 交代のタイミングでガイブが話しかけてくる。表情は心なしか暗い、見張りの時間中考え続けていたのかもしれない。


「どうした?」


「二十一階にはコ・ルセインが話していたゴーレムがいるのか?」


「ゴーレム? あ、ガイブは聞いていなかったのか? ダンジョンに見返りを求める場合にゴーレムは現れるって。今回の探索の目的は元に戻すのが目的だ。コ・ルセインはそのように話していたぞ。元に戻すだけなら見返りは必要ないんじゃないか?」


「ふむ。という言葉が気になってな。入口を元に戻すという行為は、変化を求めることになるのではないのか? その場合、ダンジョンもこちらに見返りを求めるのではないのか?」


 普段は少し間の抜けているガイブだが、時々鋭い意見を出してくる。確かにガイブの言う事も一理ある。言っていたことが実際に起これば二人の命はないだろう。


「……そうなった場合、俺は外に出るのを諦めるよ。ガイブを生きてナンナに会わせられなかったら俺が外に出る意味なんてないからな」


「ぬう。そういう話をしていたのではないのだが……」


「いや、そういう話だよ。さあ、そろそろ休んでくれ。休憩できる時に休まないと」


 ガイブは何か言いたそうに口をモゴモゴさせていたが上手く言葉に出来なかったようだ。不完全燃焼感を醸しつつ、そのまま舟で横になると目を閉じた。

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