第143話 約束
当初は十日以上かかると予想されていた工程が僅か七日で終了する。街にベースとなる小舟があったのとナンナの働きが大きかったようだ。
「よし、明日出発だ。休んで明日に備えよう」
それぞれ部屋に分かれ明日への準備へと入る。ルセインがリュケスのボディメンテに集中していると突然建物に獣の鳴き声が響く。
一瞬、魔物が攻めてきたのかと警戒したがよく声を聞いてみればナンナの声である。どうやらガイブとナンナでやりあっているようだ。ルセインは悩んだ末に廊下に出て様子を窺う。するとコ・ルセインも同じようなことを考えたようで遠くから顔を覗かせている。
「ガイブ君はナンナちゃんをここに置いて行くみたいだ」
コボルト族の言語が分かるコ・ルセインはナンナとガイブの話を聞いてしまったようだ。
「別に盗み聞きするつもりはなかったんだがね」
ばつが悪そうな顔をするコ・ルセイン。しかし、あれだけの大きな声でやり合っていれば盗み聞きを気にするのもおかしな話だ。
確かに明日からの探索は命の危険を伴う。安全が確保されているならここに残るのが正しい選択である。
※※※
「やだ、やだ、やだ。私はお兄ちゃんと一緒に行きたい!」
「我儘を言うな。コ・ルセインはここに居てくれて良いと言っている。俺が戻ってくるまでの辛抱だ」
「今までだって大丈夫だった! 今度だって大丈夫だよ」
いつもはナンナに言いくるめられてしまうガイブも今日はナンナに対して武人の表情で応じている。いくら着いていくと言い張ってもガイブは頑として折れない。ナンナはこれ以上ごねる言葉が見つからず黙りこくる。
「俺はお前が唯一の家族だ。お前に何かあったら俺はこの先、生きてはいけない」
「……ずるい。そんな事言ったらこれ以上何も言えないじゃん」
「今回ばかりは俺も首を縦に振ってやれない」
「……分かった。じゃあお願いを一つ聞いて! それを聞いてくれたら私も言う事を聞く。ちょっとこっち来てお兄ちゃん」
ガイブが不安そうな顔をしてナンナの元へと向かう。ナンナはガイブの耳元に小さな声で条件を告げる。
「なっ! それは」
「これが守れるなら私はここの残る」
「……ヌゥ。分かった約束しよう」
※※※
翌日。ナンナは笑顔でルセインとガイブに手を振る。昨日の剣幕を見ていたルセインはよくここまで話を持っていけたなと感心していた。正直ルセインに知恵を求めてくるくらいはありえるだろうと踏んでいたのだが、良い意味で裏切られた。しばらく二人とも無言で進むと手を振り続けていたナンナとルセインが見えなくなる。
「ナンナはよく納得してくれたな」
「ウム」
「また言いくるめられてしまうのではないかと心配していたんだ」
「ウヌ。約束したからな」
「歯切れが悪いな」
「いや、何でもない。先を急ごう」
下層に向かう階段が見えてくる。ルセインの進む足取りの軽さに対し、ガイブの足取りは鎖をつけられたかのように重い。ガイブは十七階に着くまでの間、口を開く事なくずっと唸り続けていた。
※
十七階
降りてすぐには大きな空洞。水路があり、突き当りの格子からはふんだんに水が湧き出している。
幸い、通路の幅は広く、荷物を運ぶ際にも難なく移動ができたため、船をスムーズに組み立てられている。
「ナンナとどんな約束をしたんだ?」
「……お前に言いづらい」
「?」
「とりあえず、この間発言した《俺はコボルト族を守る戦士だ》という言葉、取り消させてくれ」
「あ、ああ。分かった」
「ウム。残りはおいおい話す」
予め手順を学んでいたためスムーズに舟は出来上がる。帆を立たたみ、簡易的に開く落下傘を設置すると、入口に結ばれている巻き結びをナイフで切る。船は湧水の勢いに押されゆっくりと動き出す。
「浸水もない。後は身を任せるばかりだな」
水路の先には半円状に開く暗闇。松明を照らしても奥行きは見えず、水路も狭いため、予め知識が無ければこの先へは進まなかったであろう。この先は密林につながる急流へとつながっている。
ちなみに、水路の突き当たりにある陸路をまっすぐに半日ほど歩くと正規のルートがあるらしい。
「コ・ルセインがいなければこの先を舟で進むという選択肢はなかっただろうな」
二号を使役し、松明で光源を保っているが、船の進む先に光は見えない。
「この先はしばらく暗闇が続く、休みながら交代して灯りを消さないよう気をつけよう」
「分かった」
ガイブが船に横たわる。微妙に揺れる舟の上で眠れるのか? などと考えていたがしばらくするといびきが暗闇の中に響き渡った。を
(このダンジョンに潜ってまだ一月も経っていないのか)
訳も分からずダンジョンに放り込まれ、久方ぶりにゴブと出会い。コボルトの住処に迷い込み裸で捕らえられ、コボルトと共闘しゴブリンと戦う。
ブリザーブドドラゴンが百足の幼生に食べ尽くされた場面を思い出すと未だに胸が痛む。ナンナと出会い、ダンジョンではデュラハンとも出会った。出会った……?
(いや、導かれたが正しい。俺は本によってあの棺と出会った……違和感を覚える。そもそもルセインは何でデュラハンと俺を引き合わせた? いくらダンジョン内のプライバシーが筒抜けとはいえ、俺の全てを把握できるものなのか?)
ルセインの脳裏にミドガーのにやけ顔が頭に浮かぶ。
(やられた! このダンジョンには一体、何人の狸ジジイがいるんだ!)
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