第142話 往復

 五年と呟いて早一時間。ルセインの時間は止まったままである。コ・ルセインもルセインがダンジョンを出たいのは知っていた。


 しかし、わずか数十日で脱出するつもりだったと聞き、眉を八の字にして腕組みをしたままである。ガイブはなんと言葉をかけていいか分からず、ルセインの肩に手をかけようとしたところでルセインの時が動き始める。


「すまない。ちょっと外に行って頭を冷やしてくる」


「一人で大丈夫か?」


「大丈夫だ。まだ諦めてもいない。ただ、どうしても口にしておかないと気持ちの整理がつかなそうなんだ。ちょっと待っててくれ」


 ガイブとナンナに見守られながらルセインは扉を後にする。雪道を歩き、ウッドハウスから距離をあけると両腕に力を入れ、力いっぱい叫ぶ。


「ミドガァァァァァァ! 覚えてろよ。ダンジョンでたら絶対ぶっ飛ばす!」


 ルセインは踵を返すと再びウッドハウスへと戻る。先程の死んだ魚の目から正気の眼差しに戻り、いつもの隈深いルセインの顔になるとガイブとナンナは胸を撫で下ろした。


「コ・ルセインさん申し訳ないのですがまた相談にのってもらえますか?」


「正気を取り戻したのかね。もちろんだとも。私に疲れという概念はない」


 ルセインはガイブとナンナに休んでもらうように頼むと再び話を始める。


「以前の旅では十七階から二十一階へそこまで時間がかからなかったように話をされていました。しかし、今は数年という途方もない時間がかかってしまう。それは何故ですか?」


「ふむ。先程説明したが十七階からは主に水に関わるダンジョンとなる。水路から川へ、川から急流へ、その先は大瀑布につながっている。水が無い陸地や地下道を通り迂回しながら大瀑布の中心に行かなくてはならない。ダンジョンは広がっており、陸地は昔よりかなり削られている。私が俯瞰して確認した限りでは行けないという事はないが時間は大幅にかかるという見解だ」


 コ・ルセインの話はまさしくその通りである。大瀑布の中心ということであれば泳いで行くわけにはいかない。滝から落ちた地点で確実にあの世行きであろう。


「もう一つ聞きたい。十六階に着いた地点で扉が無くなってしまったのですがあれは元に戻りますか?」


「ああ。あれは私が消したんだ。この階限定ではあるが扉の出し入れは私ができる。私が死ぬ事はないだろうが上から魔物が降りてきて私のお気に入りのこの場所を破壊されたら嫌だからね」


「では、もう一つ。上の階にあった道具や日用品などは他の階でも利用する事はできるんですか?」


「できるよ。ダンジョンが作りだしたものは実在している。仮にダンジョンの外に出したとしても使えるよ」


 短く礼を言うと椅子を立ち上がり、廊下を歩き始める。小さく呪文を唱えるように何かを口にし、何往復も廊下を行ったり来たりしている。二時間ほど歩くと紙の上に何やらメモを取り始めた。


「何か思いついたのかね?」


「はい。俺はどうしても一ヶ月で外に出たい。もし、俺の考えがうまくいけば準備を含め二十日程で二十一階にたどり着けるはずです」


「なんと! それは素晴らしい。作戦を聞いてもいいかい?」


「もちろんです。むしろ、聞いてください」


 コ・ルセインとルセインの話し合いが再び始まる。最初の内は厳しい表情で話を聞いていたコ・ルセインであったが、しばらくすると意見を交わすようになり、一時間もすると具体的に二人で話をまとめ始めていた。


 しばらく休んだガイブが二人の元へと戻るとルセインが目を血走らせながらメモを完成さていた。


 ドォ


 勢いよくルセインが後ろに倒れるとそのまま寝息を立て始める。コ・ルセインは愉快そうに笑いながら毛布をかける。


「ガイブ君、起きたら忙しくなる。もう少しナンナちゃんと休んでいるといい」


 ガイブは頭にクエスチョンマークを浮かべながら部屋へと戻り、コ・ルセインは笑顔を作りながら冷めたお茶に手をつけた。


 ※


 ルセインとガイブにより絶え間なく運ばれる荷物。主に運んでいる物は麻の布と乾いた木材。白悪魔をあしらいつつ十六階と十四階を往復している。ナンナとコ・ルセインはウッドハウスに残り指示された物を作成する。


「そろそろ俺にも何をしようとしているか教えてくれ?」


「あれ? 言ってなかったか? 俺たちは、空を飛ぶ!」


「空を飛ぶ? 正気か!?」


「正確に言えば空をではなくダンジョンを飛ぶが正しいかな。ガイブ、落下傘って知ってるか?」


 厳密にはまだ間違っている。ダンジョン内をゆっくり降下する、が一番正しい表現だろう。幸い、街にはかつて住人が水路で使っていたボートがあったため、そのボートに落下傘を取り付ける準備をしている。ちなみに、肝心の落下傘はコ・ルセインとナンナにより作成中である。


「ナンナの手先が器用で助かったよ。本当に助かる」


「そうだろ、そうだろ。俺の妹は凄いぞ」


 ナンナを褒められたのが嬉しかったようでガイブの口元が緩む。


 アヤカ百科事典に落下傘の記載があり、当初はルセインだけで作っていたが、コ・ルセインの設計図を読み解く力とナンナの手先の器用さによって落下傘作成作業は二人にまかせられることになった。


「このペースなら十日もかからずに完成しそうだな」


「久しぶりに嬉しそうだな」


「地上に戻れる可能性が出てきたからな」


 嬉しそうなルセインに対してガイブは心なしか表情が暗い。


「なぁガイブ。二十一階に行って入口を復活させた後、もしよければ一緒に――」


 ルセインが言葉を全て言い終える前にガイブが急に歩みを止める。


「俺はコボルト族最強の戦士だ。戦士は皆を守らなくてはならない」


「……そうだな。今は無事に二十一階にたどり着くことだけを考えよう」

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