第146話 デュラハンの名前
「ブラ※※※。貴方それは?」
「私にも分からない。気付いたらこうなってて」
「お姉ちゃん。私、怖い」
「大丈夫、誰にも言っちゃダメよ。ブラッスリー」
「うん」
「安心しなさい。ブラッスリーにはお姉ちゃんがついているわ」
※※※
これはデュラハンの意識か? だいぶ幼い少女に見えたがあれはデュラハン? 少女はブラッスリーと呼ばれていた。デュラハンの名前はブラッスリーというらしい。能力の一端が見え、ルセインに無意識の影響が出たのだろうか? 少女は何かを怖がっていた。自分が起こした何かにである。もしかするとその何かがデュラハンの能力なのかもしれない。
「おはよう、ブラッスリー。これからも頼むよ」
「…………」
もちろんブラッスリーは何も答えない。しかし使役するのが少しだけ楽になったような気がする。これからは戦闘がない日は慣れも兼ねてブラッスリーを頻繁に使役しようと決める。
二日後
相変わらず辺りは暗闇である。天井より照らされていた灯りもここまで届かない。周りが見えないため、頻繁にぶつかりそうになり、そのたびにオールやデュケスの能力によって壁を押し返し、壁との衝突を逃れていた。凍える程ではないが肌を露出しながら下降するのは難しく、ルセインも外套の下に何枚か気重ねしている。
「後どれくらい降下は続くのだろうか? ランプの燃料も限りがある。俺は少し不安になってきたよ」
弱音を吐くがガイブは取り合おうとはしない。ガイブは耳を小さく動かすと目を閉じ何かを感じ取ろうとしている。
「水の滴る音に反響がある。もう少しで底に着くぞ」
「遂に来たか! 後どれくらいだ?」
「このペースなら一時間もしないで着くだろう」
「ありがとう、もう少しだ」
ルセインとガイブは着地に向けそれぞれ用意を始める。二十一階には数百年前と同じく制御盤がるのか? はたまた予想もしない事が起こるのか? 靴紐をきつく縛り、腰の剣の位置を直す。
やがて、ゆっくりと地面に降り立つと落下傘が二人にかぶさる。その落下傘からゆっくり顔を覗かせる。
「さあ、行こう」
※
洞窟の中はぼんやりと明るい。松明やランプがなければ視界は確保できないが、大瀑布を下降してきた時の暗闇を考えればかなりの明るさと言える。
「洞窟蛍か。このダンジョンに入ってすぐもいたな」
小動物や魔物は見かけないものの、甲虫や船虫のようなものもよく見かける。まるで海辺にいるようだ。時折、天井より落ちてくる水滴にドキリとしながら足場の悪い洞窟を進む。
「これだ」
無機質な巨大な扉。だが、これといって大きな特徴はない。しかも扉の片側は半開きのままになっており、長い年月が経ち、藤壺のような物まで付いている。
「どういうことだ?」
ガイブは不思議そうな顔をすると扉の中にズケズケと入って行く。
「ちょ、ちょっと待て――」
ルセインが急いで追いかけると、室中にはコ・ルセインが語っていたような台座があり、その上に石板が置かれている。しかし、こちらも年月と共に風化あるいは経年劣化なのかは分からないが明らかに機能していないように見える。
「そんなはずはない! ここに何かがあるはずだ!」
不安を紛らわすために大声を出し、部屋の中をやたらめたらに探す。ガイブもそんなルセインに動揺を覚えつつ台座や扉などをくまなく探す。
「そ、そんな。何もないだって」
ルセインは腰を落とすと絶望から自然と目頭が熱くなる。地上には戻れない。いや、コボルトの棲家まで戻るのさえ難しいだろう。この先に待っているのは絶望しかない。いよいよ目から涙が流れるというところで先日、騎士が襲ってきた際に響いた声が聞こえてくる。
「お……待って……あん……気…………」
声は途切れ途切れでよく聞き取る事ができない。その後にも何かを言っているが何も聞き取れない。助けを求めてガイブをみるとガイブは口に人差し指を立て静かにと合図を送ってくる。
耳を立て、声に集中する。
「お前が……待っていたぞ。……あんてん……する……気をつけろ?」
「えっ?」
ガイブの言葉を理解できずに思わずお互いに顔を見合わせる。ルセインが口を開こうとした瞬間、部屋が暗転し全ての五感が失われる。全てが見えず、聞こえず、嗅覚も触覚も感じない。自分が夢でも見ているのではないかと錯覚するが、はっきりと起きている認識はある。
やがて自分が立っているのか座っているのか分からなくなったルセインを凄まじい不安が襲う。
(俺は……死んだのか?)
※※※
気づくとそこは乾いた砂の上であった。ルセインは涙を流しながら横たわっており、身体を起こすとすぐ横にガイブが顔を上げ呆けている。
「ガイブ!」
「おっ! ルセインか?」
「大丈夫か?」
「たぶんな」
改めて身体を確認してみるが特に身体に異常はないようだ。後方をみるとリュケスにブラッスリー、ゴブに二号とここまで運んできた荷物。全て揃っているようだ。
周りは全て砂に覆われている。しかし、砂漠のように風や熱にはさらされていない。何もない巨大な空間に乾いた砂を詰め込んだ。そんなに印象を受ける。
しかし、一つだけはっきりとしたものがある。二人の目の前には巨大な扉が鎮座していたのだ。
「また扉か、行くしかないよな」
荷物をまとめるとガイブと共に巨大な扉の前に立つ。規則性のある配置で紋様のあり、鋲が打たれその合間には騎士が描かれている。全体を見渡すと一つ一つが物語になっており、上から下へと一つの物語の流れがあるように見える。
ガイブは描かれている絵には興味はなく、ポリポリと壁画を削ったり、匂いを嗅いだりしている。ルセインが削られた痕をよくみると二重三重に色がのせられており、手間と時間がかけられ作られた扉だと判断できる。
「王様でも出てきそうだな」
「よく来た!」
軽口を叩いた直後に声が唐突に響く。ルセインは冷静に警戒し、ガイブは耳を立て声の主を探す。先程二十一階で聞いた声と同一人物のようである。
「警戒をしなくて良い。こちらに来い」
片側の扉が少しだけ動く。どうやらこちらから入って来いという事らしい。正直この先に進むのは気が引けた。しかし、行かない訳にはいかない。ガイブをみるとルセインと同じ気持ちのようだ。二人はいつでも武器を手に取れるよう警戒しながら扉の先へと向かった。
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