第140話 ダンジョン限定の神様


 自分は死んでいるという老人を目の当たりにして狼狽える二人。ガイブの通訳を聞きナンナも目を丸くしている。明らかに部屋の空気が悪くなったのを感じてコ・ルセインはやってしまったという表情を浮かべる。


「本当にすまない。別に君たちを困らせたい訳ではないんだ。普段から人と話していないとダメだな。全てが自分本位になってしまう。一言で言ってしまうと私はダンジョンに取り込まれ、自我だけが残った者。君達が見た白悪魔と同じ者だよ」


 二十一階まで行き、ダンジョンに取り込まれそこで自我だけが残った。あの白悪魔もダンジョンに取り込まれた元人間という事か。


「コ・ルセインさんだけが自我を保ち肉体を維持しているようですがそれはどういう事なんですか?」


「そうだね。そう思うのは当然だ。これは私の仮説だが、ダンジョンに取り込まれた人の想いの強さによって肉体の再構築のされ方が異なるようだ。


 私はほぼ完全な姿でダンジョン内に再構築されたが、殆どの者は肉体を失い、再構築された者も歪な形で構築されてしまったようだ。


 また取り込まれた時代によって再構築される姿も異なる。君達が戦った白悪魔と騎士達は同じようにダンジョンに吸収された者であっても時代背景が全く異なるからね」


 (元の姿は分からないが、虜囚、処刑人。街で出会った白悪魔。騎士はそれぞれ別の時代で取り込まれた者達という事か)


「君達がダンジョンの一部を解放した結果、白い者があの囚人達を食するのは私にとっても驚きだったよ。ダンジョンを見て長い時が経つがあのような光景を見るのは初めてだった」


「その長い時間でダンジョンの謎は解けたのですか?」


 コ・ルセインは小さく笑うと残念そうに言葉を続ける。


「まだ何も分からないよ。私は普段ここに座っているが意識はダンジョンと一体化している。自分の意識をダンジョンに這わせながら二十階層までのほぼ全てを同時に俯瞰している。だから君たちの名前も分かるし、何をやろうとしていたかも分かる。そこのナンナちゃんが少々ブラコン気味なのも知ってるよ」


 口を大きく開けて笑うコ・ルセイン。ここで生活している者は全て把握されてしまっているのだ。このダンジョンに限定していえば神のようなものなのかもしれない。


「私はこのダンジョンのことをもっと知りたい! 自我を保てない者と私の差はダンジョンを知りたいという欲求とこの状況に満足できるか? という二点に尽きるであろう。


 しかし、私の欲求は尽きない。ダンジョンで誰がどうしているか? 何が起こっているか? わかっても私をダンジョンに取り込んだもののことは何もわかっていない。数百年の時を経て、まだ知りたいという欲求を保てるのは幸せだと考えているよ」


 一人の老人が誰にも愛されず、必要とされず、誰にも見返りを求めない。ただ一つの真実のみを追い求める。そんな状況を幸せと言える人物をルセインは理解できなかった。


 世の中には理解できない物事は数え切れないほどあるが、この老人の思考はルセインの短い人生の中で最も理解できないものの一つであった。


「ちなみにコ・ルセインさんがダンジョンに取り込まれた時のことを聞いても良いですか?」


「構わないよ。二十一階に着いた私は事前には把握していたダンジョンの制御装置を使い、地上三階部分を地中に埋める事に成功した。制御装置とはナンナちゃんが触れた石盤のことだ。二十一階にも同じような物がある。私達四人は地上に戻ろうとすると部屋に声が響いたんだ。声は《見返りを》と言っていた。何も知らない私は大いに驚いたよ。そして現れたのは岩下僕ゴーレムだ。


 ゴーレムが現れると同時に階段への扉が消滅し、部屋には四つの棺が現れた。当時最強の友人達コボルトの戦士がものの数分で倒されてしまってね。友人達コボルトの戦士が棺に納められると、その後、私も殺されてしまったわけだ。私はその後ダンジョンに吸収され観測者に、友人たちもダンジョンの兵士としてどこかに眠っているのだろう」


 ガイブと同等の強さを持つ三人がやられてしまう。ルセインにとってそれは絶望を意味していた。ガイブもこの後に待ち受けるかもしれない戦いを中々受け入れられずにいた。


「貴重な話ありがとうございました。では、今度は俺たちが質問して良いですか?」


「もちろんだ」


 コ・ルセインは全員のお茶のおかわりを注ぎながら満足そうに答えた。

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