第139話 初めまして



 入ってすぐは小部屋となっており、その先すぐに更に扉がある。二重扉で寒さ対策をとっているようだ。自分がますますどこにいるのか分からなくなってくる。夢なのか? 夢だとしたらどこから夢なのであろうか?


「やあ。待っていたよ。ここは温かい、部屋でくつろいでくれ」


 目の前にいるのは老人である。初老で白髪を前で分け、碧眼で痩せ型。温かみを感じる顔立ちであり、若い頃は女性にモテたであろう。老人はコボルト語を使いナンナに席に座るように促す。


 突然のコボルト語にナンナも面くらってしまい、どうしたら良いか分からないようでガイブの袖を引っ張っている。


「お、お前は誰なのだ?」


 ガイブよりどストレートな質問が投げかけられる。老人は温和な表情を崩さずにルセインを見る。


「彼はもう気づいているのではないかな?」


 間違いない。この特徴でこの発言。そもそもこのダンジョンにルセイン以外の人間は彼しかいないのだ。


「……コ・ルセインさんですか?」


「初めましてだね。ガイブ君、ルセイン君、ナンナちゃん宜しく頼むよ」


「「「!」」」


 この部屋に入ってまだ誰も名乗ってはいない。コ・ルセインを名乗る人物は本当にその人物なのだろうか? コ・ルセインは今の自分の発言で三人を警戒させてしまったと理解すると申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「申し訳ない。敵対するつもりはないんだ。まずは君たちの疑問から聞こう。なんだったら武器を持っていてくれても構わないよ。話をしよう」


 ※※※


 コ・ルセインの前にはルセイン。少し離れた場所にガイブが座る。ガイブのすぐ後ろにナンナが立ちガイブの肩に手を置いている。


「そうだな。まずは君たちに警戒を解いてもらいたい。私の事から話そう」


 コ・ルセインは席を立つと何かを思い出すように天井を向き、顎に手を置くと間を置いてポツポツと話を始める。


「私はコ・ルセイン。ギョウブ君が君たちに話していた人物とほ(・)ぼ(・)同一人物だ。元々私はエストディア=ディ=ヒエルナを師としダンジョンを研究していたものだ。師はダンジョンが持つエネルギーに、私はダンジョンの性質にそれぞれ袂を分けた。私は自分の研究を更に推し進めるため故郷に戻りのこのダンジョンの研究することにしたのだ」


(んっ? ディ=ヒエルナ? まさか、隊長の知り合いか?)


「元々ダンジョンは人の思いや、人そのものが持つエネルギーがなんらかの形で発現したものだという説がある。しかし、その諸説は仮説にすぎず、ダンジョン自体の希少性もあって証明できるもはいなかった。


 何とかしてその真理に近づきたかった。私は決意を固めると老いて動けなくなる前に残りの人生を賭けてダンジョンに住むことにしたのだ」


 コ・ルセインは暖炉にくべてあった鉄製の容器を取ると陶器にお湯を注ぎコップにお茶を振り分ける。


「幸か不幸かこのダンジョンにはコボルトが住み着いており、私はコボルトにコンタクトを取るようになった。やがて、信頼を勝ち得た私はコボルト族の繁栄に協力する代わりにダンジョンの探索を手伝ってもらうよう取引を持ちかけたのだ」


 ここでようやくギョウブの話につながってくる。お茶を貰いルセインが礼を言うとそのままコ・ルセインは話を続ける。


「探索は順調であった。当時のコボルトは非常に強く。深く階層を潜っても耐えうる力を持っていた。しかし、探索が軌道に乗り始めた矢先に大きな問題に遭遇する。勇者が来たのだ。勇者はこのダンジョンを潰すために来たという。《勇者とはいえ子供に何ができる?》と当初は甘い考えを持っていた。


 しかし、勇者はみるみる内に力をつけ、ついにはコボルトの戦士たちも退けるようになってしまった。私はなんとか妥協点を見出せないかと考えたが勇者は頑としてこのダンジョンを潰すという方針を変えなかった」


「勇者は何故ダンジョンを潰したかったのですか?」


「私も詳しい事は教えてもらえなかった。《災いが潜んでいる》などと独り言を言っていたな。もし彼が何かを教えてくれれば、今と違う結末があったかもしれない。私は決意しコボルト族の戦士と共に地下へと潜った」


 ここまではギョウブから聞いた話と一致する。何かの事情で過去の人物が存在してしまっているがコ・ルセイン本人というのは間違いなさそうだ。


「コボルト族に時間を稼いで貰いながら私達は地下二十一階まで到達することに成功した。地上を封鎖し、このダンジョンの延命に成功したのだ。しかし強行して探索をした故に私は幾つかのミスを犯した。その結果、同行したコボルト族の戦士と私は死んだのだ」


「死んだ? 生きているじゃないですか? 何を言っているんですか?」


「ルセイン君。私は知識をそれなりに持った普通の人間だ。魔力も使えず、君のような特異な体質でも無い。言葉通り私は一度死んだのだよ」

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