第138話 銀世界
崩れるように倒れる赤鎧。他に脅威がないか辺りを見回すが、特に問題はなさそうだ。後方におずおずと下がって行った無数の騎士たちもいつのまにか姿を消していた。
「ルセイン、こいつまだ動いているぞ」
倒したばかりの赤鎧の背中を指す。赤鎧に吸収された黒鎧はかろうじて動いており、顔を上げ、どこか一点を見つめているように見える。
「……デュラハンを見ているのか?」
デュラハンはルセインが使役しているため当然意識などはない。
当初、黒鎧も生物ではないダンジョンが生み出した魔物かと考えていたが……。しかし、黒鎧は片手に持つロッドをデュラハンに渡すような素振りを見せている。
どうしたものかと考えたが反撃する力もないだろうと判断し、デュラハンは黒鎧が持つロッドを受け取らせる。お互いがロッドを握り合った瞬間に黒鎧は砂となりその場に崩れ落ちた。
「そのロッドはどうするんだ?」
「俺には最後の力でデュラハンに渡そうとしていたように見えた。害はないだろうし……持ち帰ってみようかな」
「あの黒鎧、何かデュラハンに伝えたかったのだろうか?」
「そうかもな。もしかしたら生前何か関係があったのかもしれない」
二人は辺りに散乱する荷物や装備品、大きな傷を負ったゴブリンを回収すると、石板のある台座に取り残されたナンナに声をかける。
「ナンナ無事か!」
「ガウ! ガウ!」
力強く応えるナンナの声を聞き二人は胸を撫で下ろす。
「さて、上へ登らなくちゃな」
「任せろ。探し当ててやる!」
先程までの戦闘が嘘のようにはつらつと動くガイブ。気をつけろよと一言伝えようとしたが姿はもう見えない。
ルセインはこのような大仕掛けが仕掛けてあるのだから敵を倒せば部屋が元に戻ると考えていたがそうはいかないらしい。
「そういえば鎧達が降りてきた所はどうなっているんだろう?」
台座下の壁をペタペタと触るルセイン。四方を隈なく探すと一点だけ触感が違う部分を見つける。
「ここか?」
引っ掛かりなどがないかとさらに調べ始めると土の壁は急に開き大きな口を開ける。その穴は見落とすことなどありえないほどの大穴で最初からそこに合ったかのような佇まいである。
「穴が開いた? いや、最初から合ったのかもしれない……以前どこかで聞いた認識阻害というやつか」
ガイブに入口が見つかった事を伝えると、ルセインを先頭に皆は穴の中を進む。中は螺旋階段になっており、後方のガイブは耳と鼻を使いこの先に危険がない事を知らせる。
しばらく階段を登ると入口より桃色の淡い光が目に入ってくる。
「ガウゥゥ」
ガイブを見つけたナンナしがみつく。よっぽど心細かったようで捲し立てるようにコボルト語を話しており、何一つ聞き取ることはできない。一頻り泣いた後にガイブの腰を離れたナンナはゆっくりとルセインの前に立つ。
「お兄ちゃん。よ、良かった」
「ナンナも無事で良かったよ」
ルセインを真っ直ぐに見ながら笑顔を向けてくるナンナ。ここまではっきりと笑顔を向けてくれるのは初めてでは無いだろうか? ガイブの妹として大事にしなくてはとしか考えていなかったルセインだったが、今のナンナを見ると子供の面倒を見るのも悪くないと思える。
「ガウガウ、ガウガウ」
ナンナによると敵を倒したと思われる時点で目の前に橋ができていたという事である。橋ができたではなくできていたという点にルセインは少し笑ってしまう。先程登ってきた階段の入口同様、おそらくではあるが元々この橋はあったのだろう。
台座部分以外が崩れ、ルセイン達は下に落とされてしまったが、運良く橋にいるか台座の回りいれば無駄な戦いをしないくて済んだのかもしれない。
「それこそ予め全てを分かっていなくては無理な話か」
再び自嘲すると下へ向かう階段を見つける。荷物を運び探索の準備を整えると三人は下層へと進み歩き始めた。
※
扉を開けるとそこは銀世界だった。
「さ、寒っ!」
「ガウッ!」
ルセインとナンナは両腕で自分の身体を抱きしめるとぶるぶると身震いをする。トラップや襲撃は予想していたがこの寒さは予想外であった。
「人族っていうのは寒がりだな」
ガイブは大袈裟だなと言いたげな顔をしている。自分も半分以上は人である。いや、武道着の下はモフモフしている可能性もある。しかし、裸になってもらうわけにも行かず、そればかりは確認のしようがない。
「お前本当に寒くないのか? もう知らん。お前には貸してやらんからな!」
ルセインは麻袋の中を乱暴にかき分けると以前利用していた外套を取り出し体に身につける。
「ほら、ナンナもこれを着とけ!」
「ガウス!」
ナンナにも自分の冬用の服を渡す。ミドガーが持ってきた荷物は何から何まで道具袋に入れてある。プライバシーなどはない! と改めてミドガーに不信感を募らせるがとりあえず今は感謝しておこう。
「ハッハッハ。黒と黒でルセインとお揃いじゃないか似合っているぞナンナ!」
むっと膨れっ面をするナンナ。洗い立ての服だ、できれば文句を言わないで着て貰いたい。とりあえず凍死は免れた。しかし、暖をどこかで取らなくてはならなければルセインとナンナはいずれ死んでしまうだろう。
三人は辺りを見回す。雪が積もっており正確な広さは把握できないが以前見たナスウェルの広場程度は視界が開けており。その先は針葉樹が無数に生えており確認する事はできない。
「静かだな。何か気になるものはあるか?」
ガイブとナンナは耳や鼻を動かし辺りを探るがとりあえず差し迫った危険は無さそうだ。
「取り敢えずは大丈夫だ。しかし……この先にたぶん人族がいるぞ」
「何? 人? どんなやつだ?」
「それはわからない。この先に少し行ったところに建物が一つ。中からは火を燃やす音がする」
「建物に何かいるのかもしれないが本当に人なのか? なぜ分かる?」
「ガウゥゥ」
ナンナが困惑した声を出す。何か感じとったようだ。
「うむ。何故か、それは、この先からルセインと同じような匂いがする。だからだ」
「はぁ? 俺?」
どういう事だろうか? 急にこの先が不安になる。一度上へ戻ることも視野に入れ背後を振り向くが追い討ちをかけるような事態が発生する。
「おい。扉がないぞ」
足跡の先にあるはずの扉がない。扉からは真っ直ぐに歩いてきた。雪こそ舞ってはいるが視界を失うような悪天候ではないはずだ……。
「先に進むしかないということか」
予想外の事態に警戒をしながら進む。ほとんどのゴブリンが再起不能となってしまい、ゴブと二号を除いて現存するゴブリンは六体。ポーターとして今は動いているが戦闘の際は荷物を捨てナンナを守るように考えている。リュケスの消耗も激しい赤鎧級の敵が出た場合はそのまま戦えるか不安が残るレベルである。
「着いたな」
目の前は雪に半分埋もれたウッドハウス。煙突からは煙が出ており、中で誰かが暖をとっているのが分かる。窓からは灯りが漏れており、街中のような生活を感じる。
「確認するぞ。ここはダンジョンだよな?」
「ああ」
「中に何かいるよな?」
「ああ」
「たぶん人なんだよな?」
「ああ」
このダンジョンには本当に驚かされてばかりである。礼拝堂、街、大掛かりなギミックにウッドハウス。しかし、この家については何故か不安を感じない。友人の家に遊びに向かうような安心感がある。
「俺が先に入ってみる。ナンナを守ってやってくれ」
「マカセロ」
雪をかき分け、ウッドハウスの入口へと向かう。玄関横の窓からも灯りは漏れており玄関にトラップなどの形跡もない。
(どうしたものか。ドアを蹴破って侵入するのも何か違う気がする)
背後のガイブとナンナに合図をするとドアを二回ノックする。ノックの返事など当然ないだろうと予想していたが意外にも返事がくる。
「待ってたよ。さぁ中に入ってくれ」
ルセインはガイブと顔を合わせるとおずおずと建物の中へと入って行った。
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