第126話 ナンナ2
二階の部屋も一通り見てみたが特に気になるようなものはなかった。二階の窓より外を覗いてみるとルセイン達がここに着いた時より外が少し暗くなっている。
(暗い? 時間によって明るさが変わるのか?)
「おい、こっちを見てみろ」
小声でルセインを呼ぶガイブ。物音を立てないようにガイブのいる部屋へと向かい、覗いている窓を物陰から覗く。
窓の外には街中の道を数匹で歩くゴブリン。ルセイン達と戦ったゴブリンの残党であろうか? この建物に入って来たらめんどくさくなりそうだ。そんな事を考えているとゴブリンの背後におかしなものを見つける。
「あれは」
ガイブも違和感に気付いたようだ。ゴブリンの背後にあるもの。正確にはものではない。フィルターを通して見るような、モザイクがかかっている。空間が歪んでいるといった表現が正しいだろう。モザイクはゴブリンに重なり合うとゴブリンの頭が果実を思いっきり握りつぶしたかのように弾ける。周りのゴブリンも何事かと振り向き武器を構えるが状況が理解できず次々と頭を弾けさせる。
「見たか?」
「ミタ、あれは何だ?」
「モザイクのような歪みが迫ったらゴブリンが弾けてように見えた」
「モザイク? あれがか? ルセインに子供が見えなかったのか?」
「子供? 何を言っているんだ。俺には子供なんて何も見えなかったぞ」
ガイブとルセインの間で見え方に大きな違いがありそうだ。角度は違うものの見ている対象は同じだったはずだ。コボルト族と人族の違いがあるのだろうか?
ゴロッ
後方より何かが転がる音がする。音がした方向に向かうと何やら丸い物が転がっている。あれは丸薬? ガイブが先程口にした丸薬ではないか! ルセインは丸薬を拾うと辺りを確認する。しかし待機しているゴブリン達以外は何もいない。誰だ? 確実に誰かいる。しかしこのタイミングでこの丸薬。そういう事なのだろうか? ルセインは丸薬を拾うとガイブの元へと向かう。
「ガイブ。この丸薬を舐めても異常はないんだよな?」
「ああ。特に何もないぞ」
意を決して丸薬を舐めて見る。僅かな苦味を感じるが特に体に異変はないようだ。ルセインが再び窓の外をみるとそこにはガイブが見たという子供達がいる。ガイブは子供と表現したが正しくは子供くらいの大きさの白い何かという表現が正しい。白い何かははしゃぐようにゴブリンの死体の周りを走り回っている。
「ガ、ガイブ。あ、あれは」
「見えるようになったのか? あれをなんだと思う?」
「分からない。ただ、あれが友好的な存在ではないのはよく分かる」
※
時は少し遡る
足音を殺すナンナ。兄からは戦闘の手ほどきを受けている為、ゴブリンの一匹や二匹を倒す自信はある。
しかし、ナンナが戦おうとしているのは化け百足を倒し、生き物より臓物を抜き出そうとする悪魔、覚悟が必要な相手である。不安からか腰に差す小刀に手を置いてしまっている自分にナンナは気づいていない。しかし、そんな恐ろしい悪魔が洞窟を歩くとコボルトの中には手を挙げ挨拶をする者などもいる。
(み、みんなどうしたの? あれは悪魔よ)
思ったよりもあの悪魔はコボルトの中に溶け込んでいる。
(私があの悪魔をなんとかしなくては――)
ルセインがさらに歩みを進める。
(この先にあるのは広間のはず、何があるのかしら?)
ルセインが広間に入るのを確認すると気づかれないようナンナも部屋の入口へと急ぐ。
「礎に血と肉を 深淵の闇の先の沼地の王に従え 死者よ眷属となれ」
(な、なんなのこれ。ゴブリンの死体が……)
呪文を唱え終わるとワラワラと動き出すゴブリン。目は虚であり、生気は感じられない。良く見れば死体に加工がしてあり体の中に空洞が見える。
「あ、ああっ。わ、私もこうな」
足が震え。体に力が入らなくなる。咄嗟に腰の小刀を手に取り心を保とうとする。しかし、頭から血の気が引き小刀を構えることができない。ルセインの常識をかけ離れた行動に遂にナンナの理性が限界を迎えてしまう。
カランッ
ゴブリンの百の瞳がナンナを写す。幸い、重心を後ろに置いていたお陰で体は後方に倒れ入口より身を隠すことができたが、腰をつき、膝を震わし、ナンナにはそれ以上何もする事はできなった。
「うっうう」
恐怖、羞恥、無力感。しかし、一番心の中を占める感情は見つからなくて良かったという安堵感。一時でもあの悪魔と敵対しようとした自分が愚かであった。
家に帰ろう。兄に慰めてもらおう。自分が関わるべき相手ではないとナンナは意気消沈し帰路に着く。
ガチャッ
「ナンナ帰ったか。んっどうした? 何かあったのか?」
薄汚れた格好、青ざめた顔色を見て心配してくれる兄。
「ううん。何でもない。私着替えてくる」
そうか。と声をかけるとガイブは優しく頭に手を置く。ああ、やはり兄といると安心する。先程までの不安が嘘のように無くなっていく。この優しい兄がこれからあの悪魔と探索の為と地下へ潜るという。……長期の探索で兄が無事でいられるはずが無い。
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