第127話 ナンナ3

 ガイブとのお別れを淡白に終わらせるナンナ。自分がこれからする事を兄に悟らせてはならない。ガイブがルセインの元に向かうと探索の為に用意されている麻袋の一つに身を隠す。


 今からあの悪魔の手先が荷物を持ちに来る。


(私はあの悪魔を殺す事はできない、けれども兄の命を守れるのは私だけだ)


 玄関のドアを閉める音が聞こえる。どうやら兄が出発したようだ。ここまでは順調だ、気付かれてはいない。念入りに水浴びをし、兄の服を身につけた。鼻が効く兄も流石に自分の匂いがするナンナには気付かない。袋に身を隠すとしばらくして担がれる感触と共に袋が持ち上がる。ナンナはポーターに背負われダンジョンの下層へと運ばれてゆくのだった。


 ~~~


 ガサッ


 心地よい揺れは眠りを誘う。私はついつい眠ってしまったようだ。麻袋内が荷崩れし自分の上へと落ち、音がなってしまう。


 (バレた?)


 しかし、行進は止まらない。バレずに済んだようである。安心したのも束の間しばらくすると辺りが騒がしくなる。麻袋が降ろされ戦闘が始まったようだ。


「よっと」


 麻袋の間口をそっと開き外を確認して見る。外には異様な姿をした虜囚と看守。以前ギブさんから聞いた話だと人族が罪を犯した際にあのような服を着ると聞いている。異様な出立ちの魔物はこの麻袋の距離からでも威圧感が伝わってくる。


(だ、大丈夫よね? 凄く強そうだけど)


 ……杞憂だった。あの二人、私の予想していた倍は強い。あの小刀を持ってルセインの前に立たなくてよかった。もしかすれば私があの場でゴブリンと共に操られていたかも知れない。それにしてもルセインと兄は息があっている。しかもあの尾の揺れよう同族に対しても兄はあのように嬉しそうな表情は見せない。


(ひょっとして私はルセインの事を勘違いして……いた?)


 心得違いをしたかもしれないと思った矢先、ルセインが腰を落とすと何やら敵の遺体を弄り始める。心なしか口角が上がっているように見える。


 ガサ。ガサガサ。


「お、おい。ルセイン何をやっているんだ?」


「ガイブ見てみろよ。こいつら顔がないぜ。体も人間のような作りではあるが何というか……作り物のような作りだな。人形の身体に人間の皮膚を縫いつけたようなそんな感じだ」


 前言を撤回しよう。まともな人族が死体漁りをして嬉しそうな表情を浮かべるはずが無い。


 ※※※


 更に階層を下がると先程の虜囚と看守が山のように出てくる。しかし、あの二人の強さなら心配ないだろう。それよりルセインが兄を襲わないか注意深く見なくては。最初の戦闘に比べ、戦闘が長引いたものの結果は二人の圧勝に終わる。麻袋の間口を閉め、中に戻ろうとすると何やら様子がおかしい。


(お兄ちゃんのあの顔――)


 ギブさんから聞いたことがある。あれは呪い。ルセインは気づいていないようだ。あの紅い石を渡さなくては。間口をそっと開けると足早に荷物を取り出し、離れた場所に石を投げる。


 カタッ


 ルセインが石に気付いた。間口より外を確認するがどうやら兄は救われたようだ。


 ※


 探索は進み建物が立ち並ぶ階層へと進む。建物の一つに入り、二階に兄とルセインが上がると独自にナンナも探索を開始する。


(こ、こいつら起きてないわよね?)


 指でゴブリンの顔を突いて見るが特に反応はない。ゴブリンは生き物から人形へと戻ったようだ。先程兄とルセインが調べていた部屋をナンナも確認する。これは兄が持っていた丸薬、顔を近づけ匂いを嗅いでみる。兄が気になった理由がよく分かる。獣を惹きつける何かがこの丸薬には入っている。ペロペロ。癖になる味だ。丸薬を舐めながら部屋を歩く。


「――ィ」


 外で何やら声が聞こえる。入口のドアを僅かに開き、隙間から外を覗く。


「ゴブリン? こちらに向かっているの?」


 こちらに向かってくる数匹のゴブリン。特に警戒もせずに外を歩いている。あの程度なら二階の二人の相手にはならないだろう。


(んっ? えっ )


 丸薬を舐める手が止まる。


「あれは……何?」


 白い全身鱗で覆われた生物。いや、生物かは判断できない。コルクの栓のように丸い目には瞳はなく大きく開かれた口からは刃物と見間違うような歯が覗く。口角を上げ微笑んでいるようにも見えるが笑顔には程遠い。あの生物は生理的に受け入れ難い。白い何かはゴブリンのすぐ後ろに迫っており口を大きく開ける。


「あ、あ、危ない」


 思わず声をあげてしまう。ゴブリンは一瞬で弾け飛び、次々に血の花を咲かせていく。全てのゴブリンが倒れ込んだ後、満足そうにはしゃぐ白い何か。目線はゆっくりとナンナへと向かう。


「気付かれた!」


 急いで逃げようとするが二階にはルセイン。外には白い悪魔。ナンナ、人生最大の危機である。しかし二階には自分の全てを賭けて助けに来た兄がいる。


(お兄ちゃん!)


 ナンナはルセインに見つかるのも仕方なしと判断して二階へ駆け上る。ガイブがいる部屋にもう少しで手が届くというところで脚を白い何かに掴まれる。


 ゴトッ


 丸薬を手から落とし、凄まじい速度で一階へ引きずり降ろされるナンナ。声をあげようとするが恐怖で声を出す事ができない。


「お、お」


 ダメだ。お兄ちゃん、お兄ちゃん、助けて。階段を降り一階へ。そのままの勢いで入口から引き摺り出されそうになる。


 ドッ


 白い何かが弾き飛ばされナンナが宙に放り出される。しかしナンナが地面に放り出される事はない。太い両腕に少し汗臭いこの赤毛。最愛の家族がナンナを両腕に収めている。ナンナの足を掴んでいた白い何かと戦っているのはゴブリン三匹。盾で拘束するように壁際に白い何かを押し込んでいる。


「ナンナ!」「お兄ちゃん」


「どうして……ここに?」


 ガイブの頭の上にはクエスチョンマーク。ナンナも兄にまともに目を合わせる事ができない。二人の距離感を見てルセインもなんとも言えない表情になるがすぐさま玄関の扉を閉める。


「話は後にしよう! とりあえずこいつをどうにかしないと!」


 ※


 ルセインがゴブリンを一斉に使役する。扉に向かうゴブリンと、白い何かに攻撃するゴブリンにそれぞれ分かれ行動を開始する。


 白いなにかに向かったゴブリンが一斉にショートソードを突き立てると、ほどなくして白いなにかの体は動かなくなり、砂となってサラサラと崩れ始めた。戦闘能力は大したことはなさそうだ。


「ふぅ。怪我はないか?」


「ああ。ルセインはどうだ。《呪》の症状は出ていないか?」


「ああ。一応ゴブリンを使ってとどめを刺すようには心掛けた。ガイブも最後のとどめは出来るだけゴブリンにさせてくれ」


 お互いの無事を確認する二人。扉も押し返すことに成功し侵入を塞げたようだ。ガイブとルセインの視線は自然とガイブの腕の中にいるナンナへと視線が移る。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る