第125話 呪

「おい、ガイブ! 返事をしろ」


 ガイブは荒い息を上げ返事をしない。ルセインはポーターの持つ麻袋からアヤカ辞典を引っ張り出しページを捲る。


「落ち着け、落ち着け。あの症状何処かで見た事がある」


 言葉とは裏腹にページを捲る手に焦りが感じられる。呼吸はあるものの、あの炎のような紋様と身体の憔悴は普通ではない。ページを捲る手が止まる。


「あった。これだ」


 ※ 呪


 恨みの感情を溜め込み、怨みへと昇華した場合に発症する症状。怨みを溜め込む特異体質者を殺害、呪詛の呪文、黒魔術による《死者の囁き》等で発症する。


 また、一部の宗教では邪神の信仰や地底の神を信仰しているもおり、それらの祝福を受けた者を殺害した場合も《呪》となる。


「さっきの処刑人をガイブが殺したせいか。解除法、解除法は?」


 解除法、祝福を受けた道具。聖水や祝詞石、神官の呪文など。また一部のレリックでも解除できる。解除できない場合は一定の時間を経て死ぬ。


「おぉぉい! ヤバイ、ヤバイぞ。《呪》の解除の道具なんて持ち合わせいない! ヤバイ、ヤバイ」


 解決法の見出せないルセインは軽いパニック状態となる。あたふたとしているとガイブの腕が僅かに動く。


「ガ、ガイブ!」


 ガイブは声を出しはしないがポーターの持つ自分の麻袋を指差す。


「袋、袋に何か入っているんだな!」


 コルセイはポーターの持つ麻袋を開けると急いで袋の中身を確認する。しかし長期の探索を想定した荷物の量は膨大であり、且つガイブの荷物の中身をルセインは把握していなかった。ガイブの症状は刻一刻と進行している。ルセインを更なる焦りが襲う。


 カタッ


 後方で何か硬い物が落ちる音が聞こえる。視界の先には鮮やかな色で彩られた紅を基調とした石が転がっている。


「まさか、こ、これが?」


 ルセインが急いでその石を拾うとガイブの元に駆け寄り石を握らせる。ガイブの紋様はまるで生き物のようにその石へと吸い込まれると、そのまま呼吸を落ち着かせる。


(あの石はガイブが持ってきたのだろうけど。なぜ外に?)


 ガイブをゴブリンで護衛しつつ違和感の原因を探す為、荷物を確認していく。……特に変わった事はないようだ。幸い、ガイブは意識を取り戻し、探索を続けるなどと言っているが大事をとり、その日はそこで野営をすることにする。


「助かった」


「いや、俺も考えが足りなかったよ。ガイブがあの石を用意してなければ本当にヤバイ事になっていた」


「ギブが一部の荷物を用意してくれた。ギョウブの話を元にダンジョンであり得るトラブルに対処してくれていたようだ」


 このダンジョンに入って以降ギブには何度も救われている。改めて何かお礼をしなくてはならない。


「ガイブは戦闘の前に荷物の出し入れをしたか?」


「いや、このダンジョンに入ってから荷物の出し入れは一度もしていない」


「そうか。ならいいんだ」


 ガイブに石のことを話そうか迷ったものの確信がある話ではない。ルセインは何かを掴むまで自分の胸の中にしまう事にする。


「交代で少し眠ろう。ガイブ先に休んでくれ」


 ガイブはルセインに向かい手を上げるとそのまま横になり、眠り始めた。


 ※※※


 その後の探索はそれなりに順調であった。散発的に虜囚や処刑人が襲ってきたが虜囚は倒し、処刑人は鎖で縛って穴に放り込むという手順で乗り切った。


 時折、刃物で攻撃され絶命したゴブリンや狼に咬み殺されたと思われるゴブリンを見かけた。やはりゴブリンも下層に向かっていたようである。


「この先に何かありそうだな」


 ぽっかりと穴を開けた入口が目の前にある。その先を松明で照らすと奥に祭壇があり、朽ちた長椅子が並べられている。部屋に気配はなく、部屋全体を照らしてみると祭壇の後ろには黒い仮面を被った神らしき偶像が磔にされていた。


「ここは……?」


「何だろうな。教会や神殿のように見えるが」


「奥に階段がある。先に進もう」


 祭壇の横に下層へと続く階段を見つける。一行は警戒を怠らないよう下層へとおり始めた。


 ※


 階段をおり、視界の先に現れたのは街であった。


「……街?」


 階段を降りてすぐに街中を走る真っ直ぐの道。道沿いには隙間無く木造の建物が並ぶ。ダンジョン内だというのに光源はどこにあるのだろうか? 松明がなくても視界は確保できるため便利ではある。体感としては冬の曇り空といったところであろうか。異常な光景に警戒する。道を進む前にガイブと打ち合わせをしといた方が良さそうだ。


「この街どう思う?」


「ウム。……分からん」


 会話が終了してしまう。確かにこの状況を理解するのは難しそうだ。道を真っ直ぐ進むのは簡単だ。ガイブの索敵にも引っかかるものは無い。行ってみるのも一つの手なのかもしれない。


 しかし、嫌な予感がする。形容し難い何か不吉なものを感じる。


「ここはダンジョンの中だよな? 人もいない。生き物の気配もない。雨風がないだけでここまで建物を維持できるのであろうか?」


「ウーム。俺は人間の街を知らない。だから違和感というものを感じる事はデキナイ。ただ、直感でこの街は何かが気持ちが悪い」


 何もなければこの先に進むべきでは無いのだろう。しかし戻るという選択肢はない。悩んだ結果、まずは手前にある建物を探索してみる事にした。


 入口近くの建物は敷地をたっぷりと使った二階建ての建物であり、二階は幾つかの部屋に分かれているように見える。一見、宿屋のように見えなくも無い。


 ドアに手をかけノブを引いてみる。鍵はかかっておらず中からは特に反応はない。


「こんにちは!」


 ルセインの声だけが響く。もちろん声に対しても何の反応もない。ドアを入ってすぐにはカウンターがあり、部屋はさらに奥に一つあるだけである。


「奥の部屋に入る。後ろを頼む」


「マカセロ」


 ゴブリンを先行させつつ。ルセインも片手にナイフ持ちながら進む。奥にはテーブルが一つ。机の上には宿帳あるいは帳簿のような物が綺麗に並んでいる。手に持ってみるが見たことも無い字が並んでおり解読する事はできない。


「んっ? なんか入っているぞ?」


 部屋に入って来たガイブが引き出しの中にある丸薬のような物を取り出し匂いを嗅ぎ始める。


「特に臭いはしないな。味は」


「ば、やめろ」


 ガイブは口を空けると舌でペロリと丸薬をひと舐めする。


「大丈夫。毒ではなさそうだ」


 匂いに絶対の自信があるのだろうか? ガイブの直感についていく事はできなさそうだ。


「一階には特になさそうだ。二階に行こう」

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