第120話 地下二十一階

「入口を隠す方法はシンプルでした。しかし、ダンジョンを住処にしていた我々にとっては信じ難いものでもありました。当時のダンジョンの入口はピレシー山の麓にありましたがその階層の入口から三階部分を消失させるというものでした」


「ええっ! 消失? そんな事が可能なのですか?」


「普通に考えたら無理でしょう。私も数百年の時を生きていますがそのような事象はその時限りです」


 さりげなくギョウブの年齢を聞いたがとんでもない年数を生きている事が判明した。世の中には信じられない事が多くあるがこのダンジョンは信じられない事だらけである。


「階層を移動させる事が決まったその日。コ・ルセインは突然私に話しかけてきました。私は儀礼服に袖を通したばかりの新米でコ・ルセインと話をした事などありません。唐突の事に驚いたのを覚えています。その時に彼に言われた言葉は《君が僕の助けて欲しい人を助ける役目を担っている。因みにその彼は君達の危機を救ってくれる》そんな内容だったと記憶しています。長い時が立ち、あれも夢ではないかと思うようになった矢先、貴方が現れました」


 コ・ルセインの言った言葉は結果的にその通りになった。コ・ルセインがルセインの事を…未来を予測していたのであろうか?


「気になる話ではあります。ただ、何故、今のタイミングでそのような話しを始めたのですか?」


「はやる気持ちはわかりますが、まあ、最後まで聞いて下さい。その後、しばらくして、護衛三人と地下二十一階に向かったコ・ルセインは見事、地上三階部分を消失させます。これで、勇者と人族の侵入は不可能となりコボルト族は救われました。しかし、いくら待ってもコ・ルセインがここに戻ってくる事はありません」


「じゃあ、コ・ルセインとギョウブさんが会ったのは――」


「はい。それが最後です。地下二十一階に向かったのを最後に二度と会っておりません」


「地下二十一階に何かがあるとおっしゃっていましたが、そこには本当に何かがあるのですか?」


「コ・ルセインはそう言っていたと聞いております。しかし後から考えると二十一階にはこのダンジョンの根幹のような物があるのかもしれません」


「では、そこに行けば脱出できるというのではなく、そこに脱出する手がかりがあるという認識が正しいですか?」


「ホッホッホ。その通りです」


(ホッホッホではない。脱出できると保証など、どこにもないではないか。とんでもない狸ジジイである)


「ギョウブさんダンジョンの地図は何階まであるんですか?」


「かつて住んでいた場所の地下十階分+下層からの魔物の侵入を防ぐ結界がある十一階部分です。申し訳ないのですがその後の二十一階まではご自分で進んで頂く事になります」


「そ、そんな」


 死闘を切り抜け、やっと地上に出れると思っていたルセインは大きく肩を落とす。そんな様子をみてギブは同情の視線を送ってくるがガイブは尻尾をブンブンと振り、目を輝かせている。


「ソウカ! では、すぐにでも出発しなくてはイケナイな。もちろん俺様もイクゾ!」


 なるほど。この先の探索にウキウキしていた訳だ。脱出がすぐに出来ないのは残念であるが、ここで凹んでいてもしょうがない。ガイブも来るという事であれば戦力的にも心強い。


「よし、それでじゃあ行くか。ガイブ本当に良いんだな?」


「マカセロ」


「そういえばガイブ、お前の足はどれくらいで治るんだ?」


 あの激闘の傷だ。最悪は治らない可能性もあるだろう。その場合は一人でもダンジョンに潜らなくてはならないが……。


「そうだな。二、三日でナオルンジャないのか?」


 特に考えずにガイブが答えるとすぐ後ろから後頭部をひっぱたかれる。


「貴方、本当に馬鹿ですね。足の回復力は目を見張るものがありますが、十日は安静にしてなくてはダメですよ。むしろそんな足でいけば邪魔になります」


 厳しい一言でシュンとするガイブ。尻尾も垂れ下がり分かりやすい反応を見せる。


「ルセインさんもしっかり休んで下さい。どうみたってその様子普通じゃありません。ガイブが回復するまでは絶対安静です!」


 ガイブの間抜けな発言はルセインにも飛び火する。ルセインは圧倒されギブに安静にする事を約束してしまう。


 残り四十日。果たしてダンジョン脱出はできるのだろうか。ルセインはオリビアの事を思い出しながら担架で自室に運ばれて行くのであった。


 ※


 十日後


 痛みがひき、体を動かす事に支障がなくなる。鱗のような皮膚も元に戻ったが、何故か目の周りの隈だけはより一層濃くなった。


 体の回復に時間はかかったが、有り余る暇を無駄にせず、魔力制御使役、意識同調使役に磨きをかけ今日の午後に訓練の集大成を試すつもりだ。


 久方ぶりに行動を開始する。今日のルセインは少し足取りが軽い。


 (ガイブと明日の打ち合わせをしとかなくては)


 明日はいよいよ出発である。しかし、相棒となるガイブが見当たらない。辺りを見回していると小走りに急ぐギブを見つける。


「あ、ギブ。ガイブ知らない?」


「体調は……戻ったようですね。安心しました。ガイブは自室にいませんか? 一階層下の貯蔵庫の前に立つ兵士に聞けば部屋を教えてくれるはずです。今頃……」


 今の微妙な間はなんだったのだろうか? 詳しく聞きたかったが忙しそうなギブを引き止めるのは気が引けた。ルセインはガイブの部屋に向かいながら治療中に聞いたギョウブの言葉を思い出す。


 戦闘後にゴブリン勢力はあっという間に下層へ逃げ込んだらしい。大した抵抗もなく、食料と仲間を連れ、いなくなっていた。生活の跡がそのまま残りゴブリン達がどのように暮らしていたかがよくわかるとギョウブは言っていた。


 改めて考えるとゴブリンがあのような大きなコミュニティを築く事は珍しいのだ。あの百足を使役していたゴブリンのカリスマ性を窺える。


「さて、この辺に貯蔵庫があった気が……。あ、兵士さん。えっとなんだっけ。ギャウ、ガ、ガイブ」


 ベッドから動けない間、コボルト族の言葉をギブより教えてもらった。発音が難しく実際に使えるかはかなり不安であったが習ってみるものである。拙いながらも兵士にガイブの部屋を訪ねる事ができた。部屋は通路奥の角部屋にあるようだ。部屋の前まで歩くと中からは何やら声が聞こえる。先客がいるようだ。

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