第102話 VS化けムカデ


ズズズズッズズズズッ


 獣人の戦士ガイブに引きずられているのはルセイン。ただでさえ尋常ではない力のうえに足がないのでは抵抗できるはずがない。いや、しようと思えばできるのだろうが事態が好転するとは考えられず身を任せている。というのが正しい表現なのだろう。廊下から倉庫に入り、縄梯子を登ることなくガイブの太い腕で持ちあげられ、運ばれる。


(ここは?)


 やがてたどり着いたのはブリザーブドドラゴンが鎮座する五差路上の扉の前である。二人の部下のコボルトもトンボ帰りのガイブに驚いている様子だ。


(てっきり決闘でも挑まれるのかとおもったんだけど)


 ガイブはルセインを雑に放り投げると。両足を開き、腕を両脇に添えると、顔を大きく上げ雄叫びを上げる。ガイブの体はみるみる肥大化し腕と脚の太さは倍になる。武道着からははち切れんばかり腕と脚。ガイブはそのまま四つん這いに近い体勢となるとルセインに目を合わせる。


「オレハオクビョウデハナイ!」


(臆病ではない? というか言葉喋れたのかよ)


 ガイブは扉に座るブリザーブドドラゴンの腹に腕を入れると腰を落とし力を込める。


「グルルルル!」


 コボルト数人で運べなかったブリザーブドドラゴンの巨体が少しずつ宙に浮かぶ。


「お、おい。まじか!」


 ガイブはさらに力を込めると体をブリザーブドドラゴンの下にもぐらせ、腕を使ってそのままドラゴンの巨体を横倒しにする。


 ドッ!


 横倒しになったドラゴンを見てガイブは自慢げに顔を向ける。ガイブの力が凄まじい事はわかった。しかし、何とかしてガイブを落ち着かせたい。ルセインはこの後にガイブがしようとしている事を想像して身震いする。


「ミテイロ」


 ドラゴンの巨体が無くなり露わになった扉。ガイブは両腕に力を込めるとルセインが苦労して開けられなかった扉を難なく開ける。再び得意顔をこちらに向けるとガイブは躊躇いなく扉の下に飛び降りた。


「ワオォォォォォン」


 みるみるうちに五叉路のある下層に飛び降り見えなくなるガイブ。


「おいぃぃぃ。何やってるんだよ!」


 ルセインはブリザーブドドラゴンに魔力を流すと横倒しになったドラゴンを起き上がらせ、急いで自分も駆け降りる。クールそうな見た目に反し、とんでもないイカれ野郎である。しかし、共に戦うと決めたばかりのガイブを放っておく訳にはいかない。ルセインも意を決して五叉路にブリザーブドラゴンごとダイブする。


 ドスッ!


 何とか着地は上手くいった。コボルト兵が機転を利かせ上層より松明と剣を投げ込んでくれる。おかげで武装と最低限の視界は確保できる。


「ワオォォォォォ、ワオォォォォォン」


 あのイカれ獣人は何を考えているのだろうか? 雄叫びを上げ、敵に自分の位置を知らせている。ドラゴンで足速に駆けつけると急いでガイブを止める。


「落ち着け、落ち着け! どうしたんだ一体?」


「オレハオクビョウモノデハナイ!」


「わかった! そもそも俺はガイブの事を臆病者だなんて思っていない。早くここを出て行かないと」


 必死に落ち着かせようとするが、ガイブが耳を貸す事はない。再び雄叫びをあげると敵を呼び寄せようとする。


 トトトトトトットトトトトッ


 遅かったようだ。杭を打ち込む音が響き、化け物百足が近づいて来ている。ガイブが雄叫びをあげるのをやめ、先程までが嘘のように落ち着いた様子を見せる。戦闘態勢をとり、化け物百足を真っ直ぐに見据え静かに腰の剣を抜く。


「クソッ! 戦うしかないのか」


 感情の整理がまだつかないルセイン。しかし、この危機的状況である。無理やり気持ちを奮い立たせると再びドラゴンに騎乗し、百足がこちらに来るのを待ち構える。


「オレハ、モウ、オクビョウモノデハナイ」


 静かに言葉を放つと、ガイブは化け百足に走りだした。



トトトットトト


 無機質な音である。その先に生物がいるという実感が全く沸かない。松明の灯りの中に現れる化け百足はドラゴンには目もくれずガイブに一直線に向かう。


 グッパ


 顔の先にある牙と口を大きく開けるとガイブを丸呑みしようとする。ルセインが咄嗟に助けに入ろうとするとガイブの姿が一瞬で消える。音もなく離れた場所にガイブが現れると化け百足の頭の先にある野太い髭がぼとりと一本落ちる。


(なっ。早い!)


 化け百足は痛みを感じていないのか髭を落とされたにも関わらずノーリアクションでそのままガイブに牙ごと体を叩きつける。


 スッ!


 残像が残り、またもガイブが姿を消す。姿を捉えられない化け百足が、姿を探すため動きを止め、残った髭をウネウネと動かし辺りを探る。化け百足はガイブの姿を捉える事ができず、しょうがなくルセインに意識を向ける。


 トトトッ


 ルセインがドラゴンで百足に真正面から体当たりしようとすると獣の鳴くような声が響く。


「ォォォォォオオオオン!」


 上空より真っ逆さまに落ちてくるガイブ。剣先を百足に向け体を一本の線のように落ちてくる。


 カッキン!


 金属と金属が触れ合うような音がするとそのまま化け百足の顔が地面に衝突する。頭の先から紫色の液体が飛び散り。化け百足は進行を止める。


(圧倒しているじゃないか!)


 ルセインもここぞとばかりに追い討ちをかける。ドラゴンの爪で顔面を引き裂くとそのまま体当たりで百足を乱暴に押し返す。壁に打ち付けられた化け百足は流石に分が悪いとと判断したらしく、体を反転させるとそのまま撤退しようとする。


(よし、チャンスだ! ガイブの一撃ならここでこの百足を倒せるかもしれない)


「…………」


 ルセインがガイブの次の一撃を待つが、いつになっても攻撃をする気配はない。仕方なくルセインがとどめに向かうが一手遅かったようで化け百足は踵を返して暗闇の中に消えていった。


(ガイブはどうしたんだ?)


 怪我でもしたのだろうか? ドラゴンの上から隈なくガイブを探す。しばらく探すと小さな呻き超えが聞こえる。ゆっくりとその先を追うと全身汗だくのガイブを見つける。


「おい、大丈夫か?」


「ド、ドウダッタ」


(……どうだった?)


「めちゃくちゃ強かった。俺は目で追う事も出来なかった」


「フフフッ。ソウダロウ」


 満足げな表情を浮かべるガイブ。それで、なぜ起き上がってこないのだろう。


「なあ、化け百足に何でとどめを刺さなかったんだ」


「ソレハムリナハナシダ。オレノ《瞬足スカンダ》ハイチドツカッタラ、ソノヒハモウウゴケナイ」


(そんな事だろうと思った。あのタイミングで追い討ちをしないのはおかし過ぎる)

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