第100話 願い

 全面石造りの部屋である。コボルトの通常の住処ではなく、地位のある者が使う部屋なのだろう。華美なものではないが丁度品もあり、壁には装飾が施されている。壁沿いには兵装に身を包んだコボルトが等間隔で配備され、ルセインに敵意があった場合はすぐに制圧できる配置に立っている。


「ギョウブさん。お話しというのは?」


「今度はこちらの事情を聞いて頂きます」


 ギョウブとルセインの話を聞くと、若い儀礼服のコボルトが獣人に何やら伝えている。恐らく二人の話を通訳しているのだろう。


「このダンジョンに私たちが住み着いてから三百年。入口かから上層に当たる十階程を占拠し、コボルト族でそれなりの生活を送って来ました。しかし、ここ数年で状況が一変しました」


 ギョウブは話している途中で何かを思い出したのか言葉に詰まる。


「……すみません。突如、下層よりわいたゴブリンにより奇襲を受け、占拠していた六階から十階をゴブリンに占拠されてしまったのです。当初は奇襲を受けた故に敗戦した、たかがゴブリン、態勢を整えた我々の敵ではない! と戦士を引き連れ直ぐに反撃に出ました」


 室内には若い儀礼服のコボルトの通訳の声だけが響く。若い儀礼服のコボルトの通訳により一般の兵のコボルトも過去を思い出してのだろう、皆、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。


「反撃をして間も無くは攻勢も順調でした。しかし、しばらくして階層の奥深くから百足の化け物が出て来たのです。百足の戦力は圧倒的でした。あっという間に戦況をひっくり返し、我らコボルト兵は次々と奴の腹の中に収めらてしまったのです」


(あの百足か? 確かにあの巨大な質量で迫られれば一瞬で全滅だ)


「その後の我々はただ逃げるだけでした。我々の棲家は瞬く間にゴブリンに追われ、上層の五階部分のみとなりました。戦闘員はもちろん、戦う事ができない子供まで容赦なく殺され、生きたまま捕らえられた者はゴブリンの保存食として貪り喰われました」


 種族が違うとはいえ、家族を仲間を失うのは辛いだろう。表情からは窺いしれないがギョウブの発する言葉は重く、悲壮感が伝わってくる。


「幸い地の利を活かすことにより、五階層より上へゴブリンが登ってくることはありませんでした。しかし、膠着していた戦闘に最近動きが見られました」


 ギョウブの元にコボルト兵の一人より簡易的な地図が渡される。


「これがこの下層の地図になります。この何処からかゴブリンが我々のいる階層に入って来たのです」


 地図にはすぐ下の階層の見取り図。ルセインが先日降りた五叉路もその中には含まれている。地図を覗き込むとある一点を指さす。


「さっき話していた場所ですが、ここからゴブリンは来たのかもしれません。こちらの扉に入る際に縄が吊るしてありました。それと、こちらに記載されている五叉路ですがその上にも扉が通じているのを確認しています」


 ルセインが話した言葉を神官のコボルトが通訳する。直ぐに獣人が部下数名を連れて指し示した場所へと向かう。


 ルセインのいた拠点から複数の分かれ道があったが、その内三箇所は土砂が崩れていた。ゴブリンがあの空間を見つけ意図的に崩し、上手く利用しているのかもしれない。


(まずい。そうなるとあそこの拠点がばれているかもしれない。カモフラージュはしてきたがリュケスやブリザーブドドラゴンを処分されたら戦力はがた落ちだ)


「ギョウブさん申し訳ないのですが俺の所持品を持ってきてくれるよう仲間にお願いしてくれませんか?」


「所持品? 構いませんよ」


 ギョウブは獣人にルセインの伝言を伝えると数名の仲間を連れ部屋を出て行く。


「ありがとうございます。大切な物、いや仲間みたいなもんなんです」


「いえ、お安い御用です。ルセインさんこそ情報提供ありがとうございます。……やはり貴方は我々の救世主かもしれない。ルセインさんが持っていた手紙ですが内容は理解されておりますか?」


「いえ。気づいた時にはもう持っていましたし、中身を確認しましたが正直何が書いてあるか理解できませんでした」


「左様ですか」


 ギョウブが再び指示を出すと兵の一人が便箋をこちらに持ってくる。


「手紙の内容は以下の通りです。この者を殺すなかれ、さすれば救済の道が開かれるであろう」


(はっ? ……コボルトを俺が?)


「ルセインさん我々コボルト族に力を貸して頂けませんか?」

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