第19話 オルタナ=エフモント

 ガラガラガラ


 アヤカが万全の魔物対策で離宮に向けて出発したものの、道中で魔物が現れる事態はなさそうである。道中が安全という事ではない、原因は間違いなく「コレ」のせいである。


 ガラガラガラ


「アヤカさん、なんか申し訳ない」


「謝るのをやめて頂けませんか? 別に私はなんとも思っていません」


 スケさんの下半身には即席の車輪。オルタナが先行し、二人はスケさんに足を掛け半身でスケさんを乗りものとしている。


 スケさんの存在感、あるいは威圧感に、アンデットはもちろん森の魔物も一切近づいてこない。ここ数日でアヤカが準備した匂いのきつい魔物除けの香や、幅をとるまじないグッズは無用の長物となっている。


「魔物がこないのはいい事じゃないか? アヤカも苦労が報われないのは面白くないかもしれないが、そんなにヘソを曲げるなよ」


「……怒っていませんが」


 明らかに機嫌は悪いようである。


「と、ところでルセイン。見えたビジョンから思い出した事とかないか? なにぶん情報が少ない」


「オルタナが最後のひと押しをしたのです。今さら情報が少ないとか言うのは止めて頂けませんか?」


 剣呑な雰囲気にルセインがオルタナに助け舟を出す。


「オルタナ、アヤカさん。俺も確信がある訳では無いよ。でもスケさんといて分かるんだ。離宮には何かがある」


 自信を持って二人に宣言する。実際の映像を見てない二人にはわからないが、ルセインは言葉にはできない、ハッキリとした何かがあるようだ。


 しばしの移動の末、結局、スケさんのお陰で魔物には一切会わずに、三人は難なく離宮に着くことができた。


 ※※※


 初代ラマダン王の数代後に完成したと考えられる離宮は、ラマダン初期の建築物とは少し様式が異なる。堅苦しい造りではなく、住む者を快適に、見る者に華やかな気持ちを抱かせる作りである。


 しかし、人の手入れがされなくなり、荒れ放題の庭は今は見る影もない。数百年前のここから見える景色は、全てが計算され、美しい景色であったのだろう。


 本殿を中心に2つの翼棟を備え、崩れた外壁の厚さや高さを考えると、有事の際には一時的にこちらを拠点にする……などと考えられていたのかもしれない。


 オルタナは、予め下見していたので、状況を把握していたが、地上には生物はおらず、離宮の手前には不自然な隆起が見られた。離宮の門は崩れ、外は陽が昇っているにも関わらず建物の奥は暗闇で見通す事はできない。


「行くぞ。手を抜くつもりはないが、二人とも警戒を緩めないでくれ」


 オルタナの手にランプが灯され、アヤカの周りにはマジックアイテムなのか回りを照らす浮遊物が浮いている。建物は何もない空間が広がり、ところどころ柱や調度品の残骸が広がる。羽虫や昆虫などは見かけるものの、魔物はもちろん、小動物の気配を感じる事もない。


 幾つかの朽ちた扉をくぐり、陽の光がさす中庭に出る。かつては美しかったであろう庭も熱帯独特の巨大なシダ植物や腰の辺りまで伸び、今は見る影もない。慎重に草木をかき分けながらさらに進むと、中程に草木の生えていない開けた場所を見つける。


 そこには大きな平面の大理石がある。以前は演奏や旅芸者などを招き入れていたのかもしれない。辺りを注意深く確認していたオルタナが口を開く。


「おかしい。やはり生き物の気配が全くない。こんだけ堂々と扉が開けっ放しになっているのにも関わらず、この気配のなさは……」


 中庭の先に新たな扉を見つける事はできなかったが、壁にポッカリと空いている穴を見つける。厚めに作られた壁が崩れ、暗闇の先には人一人通れる幅がある。


「俺が先行するから待機していてくれ。何かあった場合は打ち合わせ通りだ」


 二人は小さく頷く。オルタナはランプの灯りを頼りにゆっくりと暗闇の中に消えて行った。


 ※


 没落貴族のお手付きとして産まれたオルタナ=エフモント。貴族と町民の子供としてどちらの世界で生きてゆくか悩んだ末、母の強い思いをくみ、庶子として貴族社会で生きていく選択をした。


 しかし所詮は没落貴族、父親は実子を育てるのに精一杯で、はした金を母に渡すと、それ以降、母とオルタナの前に父が姿を現す事は無くなった。


 時に騙され、時に盗まれ、時に蔑まれ、そして、憐れみを受けた。オルタナの器量であれば町民として面白しろ可笑しく生きていけたはずだ。しかし母親の歪んだ愛情はオルタナが貴族の世界から離れる事を許さなかった。


 数年が過ぎ、貧しい生活は相変わらずであったが、少年から青年となったオルタナは見目麗しく成長し、女性の視線を集める男となっていた。宗教色の強いヒエルナにおいて、表立って若い男を囲うような事はできなかったが、政務の一員としてオルタナはある貴族に雇われる事になった。メリアス・ディ・ヒエルナ。カルディナの母である。


 長い間、人の感情の機微に注目し、誰とでも巧く付き合う技術を得たオルタナ。元々の地頭の良さも手伝って、誰と揉めるわけでは無く、無難に政務をこなす。昼は政務に夜はカルディナの母の寝室に消えるオルタナ。そんな、ある日、カルディナはオルタナに声をかける。


「つまらない顔してるわね。ちょっと付き合いなさい」


 この時のカルディナはオルタナの境遇に同情したのか、あるいは屋敷の中で見かけるオルタナに何か感じるものがあったのかはわからない。


 紆余曲折経て、その後オルタナは観察眼の才能を見出されカルディナの元で働く事となる。

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