第11話 うつろいの森1
ルセインが渋々立ち上がりゴブリンを連れて森の中に入ろうとすると、後ろより呆れた声でアヤカが話しかけてくる。
「貴方達馬鹿ですか? お遊びで探索するわけじゃないんですよ」
アヤカの後ろには巨大なバックパック。よく見ればルセインとオルタナ用に同じ大きさのバックパックが用意されている。中を開いて見れば、野戦用レーションやナイフ、ロープ、携帯用火起こしから方位磁針、一通りの装備が入っている。
感心して顔を上げるとアヤカと目が合う。いや、マスクの目と前が合う。アヤカは地図を広げイラついた口調でルセインとオルタナに説明を始める。
「この地図はまだこの森に人が入っていた頃の地図です。もう三十年ほど前の地図ではありますが、何もないよりはマシです。この先十キロ程進んだ所に当時のヒエルナの調査隊が使っていた砦があるはずです。この森の野営は本当に危険ですので、その砦を拠点として活動します。
さて、この先については陽が落ちないうちに移動しながら話します。ちなみに行くつもりはありませんが、ラマダンの古城も砦を拠点になら行こうと思えばいけます」
古ぼけた地図にはチェックがしてあり、ところどころ注釈が加えられている。オルタナは地図を確認するとテンション高めにアヤカに話しかける。
「流石何でも屋、頼りになるぜ! 良かったな、アヤカがいれば何とかなりそうだな!」
「はぁ。私は一気に不安になりましたよ。大まかな道は私が指示しますから先頭からオルタナ、ルセイン、私は最後尾に着きます。陽が落ちないうちに早く行きましょう」
こうして、ちぐはぐな三人組のうつろいの森探索が始まった。
※
ヒエルナ北部に位置するラマダン大森林、通称うつろいの森。
地脈より噴出した魔力により植物群落が形成され、国内に大森林が形成できたしまう。やがて、魔力に惹き寄せられた魔物が頻繁に現れるようになると、ラマダン周辺には人が立ち入れなくなり、人々は姿を消していった。
その後、ヒエルナよりラマダン滅亡の詳しい原因を探る為、幾度となく調査隊が派遣されたが、ラマダン城まで辿り着いて戻ってくる調査隊は未だにいなかった。
大森林形成後のうつろいの森では整備された道などはなく、あるのは獣道のみである。オルタナを先頭に小刀や鉈で草木を薙ぎ払いながらの行進となり、異常に育ったシダ植物をバッサバッサとなぎ倒していると制止を促さられる。
「……」
ルセインもすぐさまその場に止まると、耳を澄ませ辺りを警戒する。しばらくすると木々の合間から枯れ枝の塊のような物がこちらに向かって来るのを見つける。アヤカがカラス頭を近づけると耳元で囁く。
「トレントです」
こちらが気付いているのにトレントは気付いていない。ゆっくりと周囲に擬態しながら少しづつ歩みを進める。ルセインも気付かないふりを続けながらゴブを使役し、自分の背後へ潜ませる。
「ギシャァァァァ!」
間合いに入ったトレントが擬態していた両腕を大きく伸ばしながら襲いかかる。
「キシャッ?」
しかし、それ以上トレントは歩みを進めない。両腕は振り上げたまま硬直し、足の変わりに動かしていた木の根も動きを止めている。
「ほら、何してるんですか? 早くとどめを刺して下さい」
ルセインも同じく何が起きているか分からない状況であった。戸惑いを隠せずにアヤカの手元を見ると何やら輝くランタンのような物を見つける。
「これは植物系の魔物が光を吸収する習性を利用して作られた遺物です。この光を吸収したトレントはしばらくの間動くことができません」
ルセインはアヤカの説明を無言で頷くとゴブリンを使役しトレントに止めを刺す。
何とも言えない気分のまま、うつろいの森を更に奥へ進むと、木の枝を器用に使いながらこちらに向かって来る魔物の集団と出会う。
「手長魔猿か!」
次に現れたのは異常に発達した両手を持つ猿の魔物である。しかし、ルセインが魔物を発見した時には既にオルタナにより何らかの攻撃がされており、手長魔猿はこちらまで枝を伝ってくることはできず、ぼとぼと木から落ちて泡を吹いている。ルセインが呆けていると、オルタナが胸元に何か筒のような物をしまっている。
「止めを頼む。しばらくすると薬が切れちまうからな」
どうやらオルタナの探知能力で予め敵を予測していたらしく長距離から敵を攻撃していたようである。
「……」
ルセインといえば大した活躍もなく、重傷を負った魔物にとどめを刺すだけであった。
大森林も深くなると獣道さえも見つける事も出来ない、アヤカの案内がなければ遭難するのは間違いなかったであろう。
「ルセイン何体か魔物を倒しましたが、あの魔物達は使役することはできないんですか?」
「うーん、使役できないんですよね。俺にもこの能力がよく分からないんです。始めてゴブリンを動かした時も、こう、なんだろう、グッとくるものがあったんですよね。さっきの魔物も何匹か使役できるか試してみたのですが、特にそういうのは感じなかったんです」
「……ルセインは感覚派なのですね。色々と解明するのが大変そうです」
「それにしてもこの荒れよう酷いですね。アヤカさん、本当にこの森には誰もいないのですか?」
「私が調べた限りではいなさそうです。ラマダンの貴族がクーデターを起こし、王族から国民を巻き込む大規模の内乱になり、国の維持に関わるほどの死者が出た。ただでさえ、国としては致命的な時期に突発的な大森林の形成がとどめとなり、ラマダンは滅亡した。
ヒエルナに避難した一部のラマダン人はおりましたが、その後の調査でも生き残りがいたような記録はありません。ちなみに、その生き残りなんですがラマダンの優れた魔力制御の技術をヒエルナに伝え、その功績が認められて今はその子孫が貴族となっています。ワルクーレって名前聞いた事ないですか?」
「ワルクーレ? あの悪名高いワルクーレの事ですか?」
「はい。因みにこの話題は本国では絶対話さないように。ワルクーレの権力を考えれば何をされるかわかったもんじゃありません」
古の国の滅亡を聞いて、わずかながら気分が落ち込むルセイン。そんな気持ちなどは関係なく、前方を警戒していたオルタナより注意を促がされる。
「そろそろ注意深く歩いてくれ。この奥はどうやら陽もあまり差し込まないようだ。霧もかかって視界も悪い。魔物が出るにはうってつけの場所だ」
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