第9話 勝手に分析

「……」


 集中するのを止め、頭を下げる。首元に冷たい金属を押し当てられ、ルセインの緊張が一気に高まる。


「こっちは色々手間かけてやっているんです。命をかけて真剣にやって下さい」


 首筋に当てられた金属を更に強く押し付けられる。あまりの理不尽さと恐怖で頭がおかしくなりそうである。


「うっ。わ、わかりました」


「最後に槍で刺した穴を意識し、魔力を巡らすイメージを持ってください」


 最後に槍で突き刺した場所。泥臭い戦いではあったがとどめを刺した場所は忘れることはない。拳大の穴が空いている顔に意識を向けると、ごくごく僅かながら感情が昂ぶる。


(闘争心? いや、食欲や性欲などのもっとシンプルな感情だ)


 自分の気持ちの変化に気付くと自分の分身がそこにあるような気持ちになってくる。一瞬、手のひらから白い糸が張り巡らされたような感覚に陥る。抵抗することなくその感覚に身を任せる。


「立て!」


 ゴブリンがゆっくりと手の平に力を込め上半身を起こす。その動きは非常にゆっくりであり、赤子が立ち上がるより更に遅い。しかし、はっきりと見間違うことなく現実に死体が動いている。


 ゴブリンはそのまま四つん這いになると、重心を移動して、二本の足でゆっくりと立ち上がる。


「う、動いた!」


 ルセインが思わず声を上げる。しかし、カルディナ、ランドルフ、アヤカのリアクションは極めて鈍い。いや、悪い。


「隊長、ゴブリンが」

「カルディナ様」

「……」


 動いてよかった思いきや、場には気まずい雰囲気が流れる。ランドルフに顔を向ければ、ただただ困った表情を浮かべるばかりで、悪い事をした後の犬のような表情を浮かべている。


 続いてカルディナに顔を向ければ目線が合っているのにルセインの事を見ていない。どうやら、さらに先の暗闇を見ているようだ。背後に何かいるのだろうか? 


 続いて、首を傾けアヤカに目線を合わせる。……そもそもあのマスクでは目がどこについているのかも定かではない。っというか首筋のナイフと思っていたものはただの髪留めであったようだ。種が分かりルセインは苦虫を嚙み潰したよう表情を浮かべる。


 数分後。長いようで短い沈黙をカルディナが破る。


「……ルセイン、今日は私の家に泊まっていきなさい。明日、色々話しましょう。アヤカとランドルフはこちらに。あ、ランドルフはルセインを客間に案内してからこちらに来て」


 こうして、カルディナ家での試練は幕を閉じるのであった。


 ※


「で、ランドルフさん。何で客室が座敷牢なんですかね?」


 ルセインが案内されたのは数人は入れるであろう座敷牢である。先程の部屋からさほど離れてもいない所にあり、トイレ完備、ベッド完備、小さめの机には牢には似つかわしくない豪勢な食事が用意されている。


「さっきも隊長が言ったけど、ここでの事は公にはできないわ。今、ルセインちゃんに外に出てもらっては困るの。ごめんね。お詫びという訳じゃないけど食事は美味しいわよー! ということでここで我慢してて――」


 ランドルフが鍵を閉め、そそくさと逃げようとするのを急いで引き止める。


「ちょっと! まだ聞きたいことがたくさんあります!」


「……ルセインちゃんとゆっくりとお話ししたいところだけど、私、隊長のところ戻らなくちゃ」


「ランドルフさん!」


「うーん。じゃあ一つだけよ」


 聞きたいことはたくさんある。あのアヤカという人物、ここまで秘密裏に行動させられる事情、さっきのゴブリンに起きたのは何なのか? カルディナの屋敷の事だって何で座敷牢なんかがあるのか不思議である。


「では、いったい俺は何者なんですか?」


「そんなの分かんないわ!」


「……」


 別に冷やかしているわけではないのだろうがあまりの即答に思わず言葉を失う。よく考えてみれば自分で自分の事が分からないのである。つい最近知り合ったランドルフがルセインの事を把握しているはずなないのだ。


「……じゃあ、鳥頭のアヤカさんについて教えて貰えますか?」


「ひ、一つじゃなかったの? まあ、いいわ。特別よ! アヤカは隊長の個人的な知り合いよ。魔法は使えないけど魔力の事に関しては精通してる。元々アヤカのお婆さんが隊長とお付き合いがあったの。今は、アヤカが引き継いでやってくれてるわけ。ただ、あの格好から想像もつくかもしれないけど神殿騎士団とはあまりよろしくない関係よ」


「えっ。とういう事はそんなアヤカさんが俺を見に来たって事は。それは――」


「当たり前じゃない。死体のゴブリン動かすなんて異端審問官がすっ飛んでくる案件よ。じゃあ、また後でね。あっ、これ練習しといて」


 ランドルフは座敷牢の鍵をかけると、光の速さでその場を去る。気付けばさりげなく先程のゴブリンの死体がベッドの横に置かれている。


「この状況やばくないか?」


 ※※※


 地下室訓練場


「ランドルフお帰りなさい。遅かったじゃない」


「申し訳ありません。ルセインちゃんが不安がっちゃって」


 こちらの部屋にも大きめのテーブルにこの場に似つかわしくない豪華な食事。アヤカとカルディナは黙々と食事を口に運んでいる。ランドルフが席に着くのを確認するとアヤカがカルディナに話しかける。


「で、彼はどうするんですか?」


「このまま隊に置いといても良いけど、さっきの能力は隊で使えないわよね」


「あたりまえです。ルセインちゃんが縛り首になっちゃいますよ」


 ランドルフは先程の不安そうなルセインの様子を見て同情気味に進言する。


「アヤカあれは何かしら? ビーストテイマーとかモンスターテイマーになるの?」


「全く違うと考えます。テイマーは長い間の信頼関係を経てお互いにウィンウインの関係で行動するものです。そもそもあのゴブリン生きてないですし」


「じゃあネクロマンサーとか? まさかルセインちゃんがリッチってことわないわよね?」


「人として生活していますからねリッチってことは流石にないと考えます。ネクロマンサーは可能性の一つとしてはあり得ますよね。ただ、彼に触れた時に感じた魔力の流れから見ても、神殿騎士団に入ってきた状況を鑑みても、あの超稀少なネクロマンサーとは考えにくいです。そもそもネクロマンサーは魔法を生業とする魔術師ですし」


「じゃあ、あいつは一体何者なのかしら? あっ、そういえばルセインの様子はどうなの? ランドルフ、ちゃんと設置してきた?」


「はいはい。お言いつけの通りにしっかりと。アヤカお願いね」


 アヤカが経典程の大きさの金属板にボソボソと声をかける。金属の板には見た事のない文字が書かれており、しばらくすると金属板は薄っすらと光を放ち始めた。

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