第8話 理不尽ではないのだろうか?
???
「うぅん。この感覚は……。気を失っていたのか?」
意識が戻り、椅子に縛り付けれていることを確認する。
蝋燭の灯りにかび臭い空間。部屋は石畳でかなり広いようである。端まで光が届かず、壁際はぼんやりと暗い。よく見ると部屋の隅に血の染みのような黒ずみが見える。
しかし、ルセインはそっと視線を逸らすとその黒ずみを見なかったことにした。
「期待を裏切って悪かったわね」
声は超絶可愛いが、悪いと思っていないのが丸わかりである。ルセインの正面には椅子に座るカルディナ。
椅子に深く座り、足を組んでいる。この部屋の雰囲気も相まって実はマフィアのボスですと言われてもおかしくない貫禄である。そして、その横には申し訳なさそうにランドルフが立っている。
「ごめんね。ルセインちゃん」
ランドルフの表情からまたカルディナに振り回されているのが想像できる。
「隊長これはどういう事ですか?」
「壁に耳あり、障子に目ありってね。これからのこと見られたら面倒だからね」
「はっ?」
(俺はパーティに来たつもりだ……どうしてこうなったんだ?)
「アヤカ来てくれる」
暗闇から足音も立てずにそのアヤカと呼ばれた人物が現れる。黒い司祭服にマスク、全体的に黒を基調としたフォルム。口元がギリギリ見えるので女とわかる。しかし顔を隠しているあの異様な鳥頭の仮面は一体……とても表の世界で生きている人間とは思えない。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「カルディナ様、本当にこちらの方で宜しいのですか? 魔力等の特別な力は特に感じませんが」
「神殿騎士団に入る際も特にこれといった特徴はなかったわ。でも、何かある。先日の事件の時に何があったか調べて欲しいの」
「承知しました」
アヤカと言われる女性はルセインのことなど構うことなく背後に立つと、首筋に両手を添える。ひんやりした女性の手が興奮して火照った肌に少し心地よい。
「カ、カルディナ様、こ、この方――」
「何かわかった!?」
「私に劣情を抱いてますわ」
「最低」
「ダメよ。ルセインちゃん」
一斉に向けられる冷たい視線。
「いや、いや、いや。拉致したのそっちじゃないですか。なんか俺が悪いみたいになってません? ただ、手が冷んやりしていて気持ちいいなって思っただけですよ」
カルディナは露骨に嫌な顔を、ランドルフは眉根をさげ口元を抑えている。
「ところでここは何処なんですか? そしてこの後ろの方、誰です?」
「後ろの子は私の知り合いのアヤカ。ここは私の家よ。……地下だけど」
椅子に深く座りながらさも当然だと淡々と話すカルディナ。
「嘘をついた事は謝るわ。でも、ここでの出来事はあまり大っぴらにはしたくないの。それに貴方もあの時になんで生きていられたか知りたいでしょ?」
「え、あれは隊長が助けてくれたんじゃ……?」
「あっ」
失言に顔を歪ませる。が、なんてことはない。カルディナは一瞬でいつもの整った表情へと戻る。
「あまりにも特異な状況だったから私が助けたと言っただけよ」
一瞬にして事の経緯を理解する。やがて感情のスイッチが入ったルセインは拘束を振りほどこうと暴れ、怒声をあげる。
「こ、このあまぁっっ!」
怒りに任せて椅子を立ち上がろうとするが力が入らない。
「お静かに。隊長に失礼な事を言わないで下さい」
「いやっ! 許せっ――」
「お静かにと言ったはずです」
首筋から下を氷水につけられたような感覚。一瞬にして自分の首から下を制圧される。強制的に感情を抑えられ、怒る事もできない。
色々言いたい事はあったが、暴れて隊長の怪力で殴られるわけにもいかない。ルセインは強制的に頭を冷やされて渋々話を聞く事にする。
「さて、そもそもの話ではありますが、私達の身の回りには魔法といういうものがあります。しかし、一般的には神官職や冒険者の極一部が使えるだけで、ほとんどの人間は魔法を使えません」
「流石にそれくらいは俺も知ってますよ。でも、隊長やランドルフさんは明らかにおかしい力使ってますよね? あれは魔法じゃないんですか?」
「答えとしては正解であり不正解です」
回りくどい言い方にイラっとするルセイン思わず眉間に力が入ってしまう。
「結論を急ぐ男はモテませんよ」
「ぬっ。大きなお世話です」
「そもそも全ての人間は魔法を使える可能性を秘めています。そう魔力を持っているからです。ランドルフさんやカルディナ様は魔法という形では使えませんが、魔力を限定的に使う事ができます。それがあの通常ではありえない身体能力につながります」
「では、貴方はどうか? 魔法はもちろん使えません。かと言って身体能力は一般的な成人男子です。しかし、貴方の記憶を遡ると限定的ではありますが魔力が使われた痕跡が窺えます」
自分の内情を勝手に探られ気分が悪い。
(アヤカの能力も魔力を使ったのものなのだろうか?)
「はい。詳しい事は申し上げられませんが」
「うっ」
「そうですね。早く終わらせましょう。私も見たくて見ているわけではありませんから」
このイラつく気持ちさえ見透かされるのはなんとも言えない苦痛である。
「それではランドルフさんお願いします」
奥の暗闇から死体袋が運ばれてくる。死体袋のボタンを開け中身の死体が取り出されると、そこには以前ルセインがとどめを刺した皮鎧のゴブリンの死体が顔を覗かせた。
「アヤカちゃん持ってきたわよ」
「ありがとうございます。さて、ルセインさん、この死体動かして貰えますか?」
「――!?」
目の前にはこの間のゴブリンの死体。灰色の肌はどす黒く変色し、ところどころ窪みがある。当然のことながら死体は動くことはない。ただの物体なのだ。
「ほ、本気で言ってるんですか? こいつを? 俺が動かす? えっと、どうやってですか?」
無言。
誰もその問いに答えようとしない。視線を漂わせてみるがランドルフとカルディナは腕を組みこちらを凝視している。
訳が分からない状況ではあるが、この死体が動かない限りルセインが解放されることはないのだろう。とりあえず目の前に置かれているゴブリンを動かすイメージを浮かべてみる。ゴブリンの死体に集中し、動く姿を想像しながら念じてみるが、特に変化は起きない。
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