第7話 お呼ばれ

 兵士詰所

 

「あ、意識が戻ったわよ!」


 目がさめると見知った天井、すぐ横には心配そうに見ているランドルフとオルタナがいる。どうやら詰め所に運ばれているようだ。


「俺、死ななかったんですか?」


 安堵感と嬉しさが込み上げ、無意識のうちに目から涙が流れ出す。


「お、俺、生きてる。う、うっうぅ」


 全身が固定されているようで体を動かす事はできない。オルタナも心配していたようで涙を流しながら無事を喜ぶ。意識を覚ましたと聞きつけ、別の部屋に待機していた隊長も顔を覗かせる。


「うっう。俺、どうして助かったんですか? ランドルフさんですか?」


「バカねぇ。隊長よ。ゴブリンが出たとの報告を受け、探索を切り上げて急いで戻ってきてくれたのよ。ちょうど、とどめを刺されそうなところを隊長が助けてくれたってわけ」


「倒れたゴブリンをどかしたら気を失ってるんだもん。あなたを運ぶの大変だったのよ」


「た、隊長ぉぉ。ありがとうございます! お、おれ、あなたの事冷たい人だと思ってました。す、すみません」


「いいのよ。今回は私の落ち度でもあるわ。大事な仲間を危険に晒す訳にはいかないものね」


「あ、ありがとうございます。俺、あなたの為に頑張ります」


 涙と鼻水を垂らし、ぐしゃぐしゃになった顔でカルディナに感謝を伝える。


「いいのよ。腕利きの神官の魔法と高級薬草で傷は一週間程で治るそうよ。傷が治ったらまた宜しくね。今日はゆっくり休みなさい。ランドルフ、目が覚めたみたいだし行きましょうか!」


 二人は踵を返すと扉を開け詰所を後にする。


「オルタナもありがとな。俺、隊長の事勘違いしてたよ」


「本当に良かったな! 隊長にあんな一面があるなんて知らなかったよ」


「俺、怪我が治ったらこの隊の為に死ぬ気で頑張るよ!」


 ※※※


 詰め所を後にしたカルディナとランドルフはボアボア亭に向かい歩みを進める。


「隊長。何が『貴方を運ぶのは重かった』ですかルセインちゃん運んだのは私じゃないですか」


「ランドルフだって助けたのは私って言ったじゃない。実際助けには入るつもりだったんだから、まんざら嘘ってわけじゃないわ」


 先程までの天使の微笑みはどこへやら、冷たい能面なような表情で言い放つ。


「ゴブリン四匹に死にかけてるようじゃ兵士としていまいちね。どうにかしようとした意気込みだけはかえるかしら」


「それ、絶対にルセインちゃんに言わないで下さいね。あんなに頑張ったのに一生もんのトラウマになりますから」


「ランドルフは本当にルセインに甘いわね。それにしてもあの状況どう判断すれば良いのかしら」


 表情を曇らせる。どうやらランドルフも同じような心持ちらしく同じく表情は優れない。


「ルセインにとどめを刺そうとしたのを助けたのは革鎧を着たゴブリン。正確には死んで動かないはずの革鎧のゴブリンが小太刀で後ろから太っちょのゴブリンを突き殺した」


「うーん。本当に間違いないんですか?」


「間違いない。一瞬たりとも目を話さなかったもの。革鎧のゴブリンも生きていたわけじゃない、太っちょのゴブリンを刺し殺した後、死んでいる姿をすぐに私が確認したわ」


 カルディナは難しい顔から元の美少女の笑顔に戻す。


「まぁ、わかんない事はこれから色々試せばいいわ。ランドルフ頼んだわよ」


「了解しました。あ、そういえば隊長、ルセインが襲われるってよくわかりましたね。私がマッドゴブリン倒す頃にはルセインの近くにいましたよね?」


「もちろんわかっているわよ。だって襲われるの知ってたし」


「えっ?」


「私がルセインにあげたペンダントあるでしょ? あれ、魔物集めの呪いまじながしてあるの。集まったのがゴブリン四匹だけで良かったわ」


「……隊長、ドン引きです」


 ※


 ヒエルナ中央広場時計台前


「ランドルフさんこっちです!」


 非番に男二人でどこに向かうかといえば、我らが隊長のご自宅にお招きされているのである。


 中央広場から城に向かう途中に貴族向けの閑静な住宅街があり、その中でも一際大きい邸宅がカルディナ・ディ・ヒエルナ邸である。城に近付くにつれ、坂を登る街並みになっており、日差しが強いせいかやや汗ばんでくる。


「そういえばランドルフさんこの服おかしくないですかね? 俺、ちゃんとした服持ってないからオルタナに見繕って貰ったんです」


 ハンカチで汗を拭いつつ、ランドルフに着こなしの意見を求める。落ち着いた色のジャケットに、テーパードパンツで上品な雰囲気を演出してる。しかし着慣れない服のせいか動きは少しぎこちない。


「似合ってる! レディのご自宅に向かうのに良い心掛けよ。ただ自信を持って歩きなさい。いい男が台無しよ」


 ランドルフは黒に薄手のストライプが入った上下揃いのスーツ。肩幅が広い肉体はスーツが良く似合っている。


「ありがとうございます。ランドルフさんもお似合いです」


「うふっ。ありがとう。でも本当はラブリーな服が着たいんだけどね!」


「あ、それは遠慮しときます」


 カルディナ邸の門に着く。天使と獅子の石像に見下ろされるその先には、延々とポプラ並木が続き、その先に建物は見えない。進んでみると道がわずかに孤を描いて作られているようであり、敷地内を全て見通すことはできない。外から敵に攻められた時を想定して作られているようだ。


 進んでいる途中に不安になり、後ろを振り向いてみるが、ライオンと天使像はもう見えない。やがて開けた場所に出ると、今度はしっかりと手入れのされたバラのアーチが延々と続く。ルセインは次元の違う金持ちの庭園に思わず口を開け、呆けてしまう。少しの間を置き背後よりランドルフに声をかけられる。


「今日の服、本当に素敵だわ。でも残念……」


「どういぅ。えっ! えぇぇぇ! うご。うううぅ」


 ランドルフが素早い動きで、ずた袋をルセインの顔に被せる。驚きで体が固まっているのもあるが、腕と脚がしっかりと拘束されていて身動きをとることができない。やがて猛烈な眠気が襲ってくるとルセインは抵抗することなくその場に崩れ落ちる。


「服汚れなければいいけど」

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