第6話 VSゴブリン

 ルセインの軽口をランドルフが無視すると、槍に自然と力が入る。


 ジリジリとこちらに近づいてくるゴブリン。灰色がかった肌に、口から飛び出した犬歯、やや半開きの口は糸を引いており、いかにも不潔そうである。


それぞれがどこぞから拾ってきた武器を持っており、殺傷能力を持つのは明らかだ。一斉に襲われた際にはただ事ではすまない。


「一匹一匹は人間の子供程の力しかないわ。ただ、囲まれてボコられたら終わり。はらを掻っ捌かれて、骨の髄までしゃぶられるわよ。動きは遅いから一箇所に留まらずに動きながら一匹づつ潰して行きましょう。行くわよ!」


 隊列を組んでいないゴブリンは横並びに広がっている。ランドルフは凄まじい踏み込みで一気に間合いを詰めると、油断しているゴブリン達に重い一撃を繰り出す。


 一匹のゴブリンの頭がひしゃげ、続いて二匹目に前蹴りを食らわし、隊列の中央に隙間が空く。


 ゴブリンは体勢を整えられず驚き、戸惑い、その隙を突いて、ランドルフは二撃、三撃と斬撃を放つ。


「ふぅ」


 ゴブリン達が体勢を整えた時には七匹いたゴブリンは四匹に減っていた。


 ルセインはというとランドルフについて行くのがやっとの状態で、正直援護が出きるわけでもなく、邪魔になっていないのが何とか救いという状態である。


「何も出来てないのが悲しいですけど、今回はランドルフさんのお陰で楽勝ですね」


 後ろから笑顔で話しかけるも何故かランドルフの表情は冴えない。


「何か後ろから来るわね……」


 木々を力任せに倒しながら現れたゴブリンは、ルセイン程の身長を持ち、前傾姿勢、筋骨隆々のマッドゴブリン。仲間がやられている様子を見てか、あるいは単純に機嫌が悪いのかは不明だが、持ち手をつけた丸太を乱暴に振り回しながら、こちら向かいながら低い声で唸っている。


「ちょっとこれは骨が折れるわね。ルセインちゃん残りは任せたわ」


「えっ? 任せるて!」


 ルセインを凝視する、背高、小太り、兜、革鎧のゴブリンの四匹。心無しかニヤついているように見える。


「ウギャッ」

「ウビャーイ」

「ゴフエ!」

「ギョギョギョ」


 いや、明らかにテンションの上がっている様子が窺える。分が悪いと考えていたゴブリン達はルセインだけならいけると判断したようだ。


「ゴブリンのくせに舐めやがって、お前らなんか俺一人で十分だ」


 ルセインは腰を落とし槍を構える。その行動に対しゴブリン達も各々の得物に力を入れる。


 短い沈黙。ゴブリンが向けて飛び出したその瞬間――ルセインは背を向け全速力で逃げ出した。


 ※※※


 十分程走っただろうか? 相変わらず背後には小さく獣の様な息づかいが聞こえる。


「はぁはぁ。四匹同時じゃ素人の俺は間違いなく勝てない。唯一勝てるとしたら」


 踵を返しゴブリンを迎え撃つ。目の前に現れたたのは背高ゴブリン、遅れて後ろに兜のゴブリンが見える。残り二匹は視界にも入らない。


「一対一なら負けない!」


 槍を思い切って突き刺す。胸を狙って刺したつもりではあったが狙いは外れ、右肩口に刺さる。背高ゴブリンが右手の武器を落とすが、致命傷には至らなかったようだ。


「ウギャッッ」


 槍が重く、思った様に狙いが定まらない。後ろからくる兜ゴブリンに焦りながらも、力任せに背高ゴブリンから槍を引き抜くと、更にもう一撃。


 今度は叩く様な形で斬撃を繰り出す。ゴブリンも残った左手で必死にガードをするが、腕で守りきれなかった刃先は首元に突き刺さる。背高ゴブリンの力が抜け、地面に崩れ落ちる。


「よ、よし」


 次のゴブリンを迎え撃とうと後方を見回すと兜ゴブリンのすぐ後ろに皮鎧のゴブリンが見える。


「あ、やばい」


 (俺の戦える相手はせいぜい二匹。三匹揃ったら……おっと考えている場合じゃない)


「おりゃあああ」


 真正面から兜ゴブリンに向かって槍を突き刺す。しっかりと待ち構えていた兜ゴブリンは持っていた太い棒で力いっぱい槍をいなすと、懐に潜り込んでくる。何とか持ち手の部分で兜ゴブリンの鼻の頭に一撃を加え、怯んだところを槍で突ら抜くと兜ゴブリンの力が抜ける。


 すぐさま体勢を立てなそうとし、次に備えようと身体を起こした所で右腕に衝撃が走る。


「ウガッ!」


 槍を引き抜くのが間に合わず、革鎧のゴブリンの一撃を腕に貰ったようだ。足で踏ん張りきれず、体勢が崩れ、横倒しになる。ゴブリンはすかさず錆びた刃の小太刀の様なもので頭を狙って突き刺してくる。


「おっう」


 ギリギリかわす事はできたものの頬に切り傷が入る。槍で強引に革鎧のゴブリンを押し倒し、馬乗りになると槍を短く持って全体重をかける。


「このぉ!」


 不愉快な音を立てて槍がゴブリンの頭に突き刺さる。


 槍を引き抜き、顔を上げると頭が爆発したかのような痛みがはしる。視界が真っ白になり、目には赤い物が流れてくる。顔の横には拳大の石、どうやらこの石をまともに受けてしまったようだ。体に力が入らない。


 眼球だけで視界を巡らすと、太ったゴブリンがニヤけた顔でルセインの体を踏みつける。つづいて、マウントをとると、手から離れた槍を奪い、大きく振りかぶるとその槍を体に突き立てた。


「ぐっ!」


 肩口に焼ける様な痛みが走る。抵抗をしたいが先程の一撃のせいか、体を抑えられてるせいか体を動かす事が出来ない。


「あと……一匹だったんだけどなぁ」


 太ったゴブリンは槍を手放し、自分の得物に持ち変える。スパイク付きの棍棒だ。あれをくらえば、確実にあの世行きだろう。


「まだ死にたくなかったな」


 もうほとんど目も見えない。ゴブリンが棍棒を構え、衝撃が走るとルセインは意識を手放した。

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