第4話 ちょろい

 バカでかいランスをぶん回し、投擲し、巨大な魔物をなぎ倒す。もし模擬試合などと言われたらオルタナの元同僚に十九人目が追加されるのは間違いない。


「よ、よろしくお願いします」


 目の前にいる顔だけ可愛い隊長に何をされるのか? ルセインは気が気でなくなり、不安から身体が硬直する。


「そんな心配しなくていいわ。今から一発ぶん殴るからそれをしっかり受けなさい」


(……殴る? この人は一体、何を言っているのだろう?)


 怒りや恐れを超えて、呆れの感情が湧き上がる。ルセインの表情が凄まじい速度で変化していくのを見て、ランドルフがため息をつく。


「ちょっと隊長、言葉が足りなさすぎるわ。ルセインちゃんが今にも泣き出しそうな顔になってるじゃない」


 青白く変化し始めたルセインの表情を見て、すかさずランドルフが助け舟を出す。


「はい、これ」


 ランドルフがルセインにはやや大きめの革の盾を渡す。


「私が使う片手用の盾。ほら、私、少し人より大きいじゃない? だからルセインには少し大きいかもしれないけど、両手で構えるにはちょうどいいんじゃないかしら? 頑張って隊長の一撃を受け止めて見て!」


 ランドルフのフォローで少し安心するルセイン。そんなやりとりを見て、渋々カルディナもルセインに声をかける。


「別に剣や槍でやろうってわけじゃないのよ。私が使うのはこれよ、これ。木の棒! もちろん手加減もするわよ」


 木の棒と呼ぶにはやや太いような気がする。角材と言った方が適切ではないだろうか? まあ、この盾の革の厚みと強度であれば流石に串刺しという事はないだろう。ルセインは肩から半身を隠し、全身で地面を噛み締める。


「行けそうな気がする。隊長、いつでもどうぞ!」


 腰を落とし足を開く。流石に一発だけならいけると判断したようだ。


「昨日のスタンピートを思い出しなさい! 全力で行くわよ!」


(えっ! 全力? 話が違っ――)


 大きく振りかぶられた一撃は破裂音を響かせ、踏ん張るルセインごと吹き飛ばす。数メートルほど宙を飛びながら、角材の衝撃はルセインの意識を奪っていった。


 ※


 呆れた顔のランドルフに少し残念そうなカルディナ。頭に濡れタオルを置かれたルセインは完全にのびている。冷たい視線を送ってくるランドルフにカルディナは声のトーンを下げて言い返す。


「……もちろん全力じゃないわよ」


「わかってますよ。でも何ですかこれ? 普通に考えて隊長の一撃を受け止められる新人なんていないですよ」


「だからわかってるわよ。でも、確かめたかったの! こいつはスタンピートで戦っている時、一瞬だけど魔獣の一撃を止めていたわ」


「見間違いじゃないんですか? あのルインズモスの一撃ですよ? 私は、今でも隊長が後ろから仕留めたあとの単なるタイムラグだと思ってます」


「あの獣を神槍で仕留めた手応えは確かに感じた。でも、私は何かしらの力で獣の動きが止まった所を仕留めたと思っている。ルセインが何をしたのかはわからない。でも、何かをした事は間違いないと私は確信しているわ」


 興奮するカルディナの機嫌を損ねないようにランドルフは控えめに質問する。


「それは、ルセインが隊長の探している人物という事ですか?」


「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。ただ、そうだった時はこいつには役に立って貰わなくてはならないわ」


「そうですか。ルセインちゃんもそろそろ目が覚めるでしょう。詰所に戻りましょうか?」


「そうね。これからが楽しみだわ」


 ランドルフはルセインを持ち上げるとそのまま軽々と抱え、カルディナと共に歩き始めた。


 ※※※


 ヒエルナ詰所


「私達、ダンジョンに潜る事にしたわ!」


 命令は突然だった。ぶん殴られた翌日にいきなりダンジョン探索である。不満全開でオルタナに助けを求めるが速攻で目を逸らされる。


「私は只の一兵卒で、その様な労働強度の高い仕事は……」


 反論したいが自然と声が小さくなってしまう。昨日の一件でカルディナはすっかり恐怖の対象になってしまった。カルディナは鋭い目つきでルセインを睨むが、流石にばつが悪いのか、すぐに目を視線を逸らす。


「昨日の事は悪かったと思ってる。でも、私の隊にいるという事はそういうことよ」


 詫びているのか詫びていないのかよくわからない言葉を言った後に、カルディナはこちらに向け、何かを投げてよこす。


「おっ!」


「昨日の詫びよ。微力だけど貴方を守ってくれる。さっ! 準備するわよ!」


 早々にドアより出て行く。渡されたのは小さい剣のペンダントであった。投げてよこした後のカルディナの恥ずかしそうな表情を見て、ルセインは昨日のことをなかったことにし、また可愛いと思ってしまう。


「ルセインってほんとちょろいよなぁ」


「ほんとよねぇ。絶世の美女とはいえ、あれはないわ」


 オルタナとランドルフは顔を見合わせ呆れている。


「な、何言ってるんですか! だから違うって!」


 呆れを通り越して憐れみの表情を向ける二人。


「ただ――」


「「ただ?」」


「そんなに悪い人ではないのかなぁって思ったりして」


「「ちょろいわ~」」


 そう言い残すと二人は呆れた表情のままルセインに背を向ける。二人はそのまま振り返ることなく詰所を後にするのであった。

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