第3話 ボアボア亭では

 大衆酒場 ボアボア亭


 ヒエルナ皇国を囲む大森林は恵みの宝庫である。狩猟による脂ののった獣肉、良質な土壌から取れる甘美な果実は近隣諸国に広く知れ渡っている。


 その獣肉や果実を使った料理が売りの大衆向け食堂ボアボア亭では、神殿騎士団により貸切られ、スタンピート撃退の打ち上げが行われていた。


「今日は大隊長が全額奢ってくれるから好きなだけ飲み食いしなさい!」


 ランドルフから有難いお言葉を頂くとボアボア亭では歓声が上がる。


「オルタナさん、俺たちの隊長はどこに行ったんです? あれからまだ顔を見てないんですけど」


「おっ! ルセインは我らが小隊長。カルディナ様にご執心ですか?」


 冷やかしに若干イラつく表情を浮かべるルセインがオルタナを睨みつける。しかし、嫌味の無いあっけらかんとした笑顔を浮かべるオルタナを見て、ルセインはため息をついた。


「……隊長の名前カルディナって言うんですね?」


「カルディナ・ディ・ヒエルナよ。年齢不詳。出身不詳、ちなみに恋人もいるかも分からないわよ」


「いや、だから違うんですって。んっ? ヒエルナって。えっまじで? 王族なんですか?」


 ランドルフはルセインの肩を抱き込むと顔を近づけ、誰にも聞こえないように耳元で囁く。


「遠縁で直接的な関わりはないみたいよ。じゃなきゃ、私達と一緒にドンパチやってるわけないからね。ほら、我等が隊長殿がこっちにきたわよ。自己紹介と助けてもらったお礼をしっかりね。知ってると思うけどめちゃくちゃ怖い人だから」


 こちらに気付き不機嫌そうに向かってくるカルディナ。三人の近くまで来るとオルタナとルセインが勢いよく立ちあがる。


「はじめまして! 本日、入隊致しましたルセインです。今後ともよろしくお願い致します。先程の戦闘では危ない所ありがとうございました!」


「さっきの新人ね。良かったわね、死ななくて。礼は言わなくていいわ。言うならランドルフに言いなさい、貴方達を守ったのは彼なんだから」


 冷たい対応にルセインがランドルフをみるとつぶらな瞳でウインクを返される。


 カルディナは続いてオルタナに顔を向ける。


「隊長お疲れ様です。先程はありがとうございました」


「相変わらず顔だけはいいわね。少しは強くなったのかしら?」


 相変わらずの辛辣さ具合にオルタナは苦虫を噛んだような表情を浮かべる。


「それよりランドルフ、ちょっと話があるのこっちに来てくれる?」


 二人は席を立つとカウンターに席をうつし何やらこそこそ話し始める。ルセインは今後の仕事を踏まえ親睦を深めようとオルタナに視線を移す。


「やっぱりうちの隊長殿は怖いですね……可愛いけど。オルタナさんは隊長とはどれ位の付き合いなんですか。」


「んっ? 俺だって隊に入って一年もたってないぜ。それとオルタナさんってのはやめてくれよ。もう一緒に死線を超えた仲だ。オルタナでいいぜ!」


「あっ、じゃあ、オ、オルタナ。宜しくお願いします」


「これからの戦闘でお互い命を預ける事なる。これからよろしく頼むな」


 差し出された手をルセインが握ると、眩しい笑顔を向けられる。


「まぁ。こんな事言っといて何だけど、お前が今後どれだけ騎士団を続けられるかはわからんけどな。できればだけど、末永くお付き合いして頂きたい」


「えっ? それってどう言う……?」


「俺が入って約一年、俺の同僚となったのは十八人目だ。残った奴はいない、お前はどれだけ続くかな?」


「えっ?」


 嫌な予感がする。長く生きているわけではないが、こういう時の自分の勘は当たる。背後を振り向くとそこには麗しの隊長カルディナが満面の笑みを浮かべルセインに視線を送ってくる。カルディナは視線を逸らさずにそのままルセインのすぐ前まで歩いて来た。


「明日の朝一でデートしましょう。遅刻しないように!」


 世の男を一瞬で虜にするほどの笑み。今までの対応は一体何だったのだろうか? そんなことを考えつつ、カルディナが始めて見せた笑顔はルセインを心底不安にさせるのであった。


 ※


 ヒエルナ中央広場訓練場


「ランドルフ伍長、カルディナ小隊長おはようございます!」


 姿勢をただし声を張る。しかし、デートだというのにカルディナは何故か普段の装備を身に着けており、さらにその傍らにはランドルフが微笑みを浮かべながら佇んでいる。その状況を見て、カルディナは何とも言えない不満そうな表情を浮かべていた。


「あれ、その装いは? というかランドルフ伍長がいる? オ、オルタナはいないのでしょうか?」


 キョロキョロと訓練場を見回すがオルタナの姿は見当たらない。


「いないわよ。ランドルフなんできたの? 彼と二人でデートしたかったのに」


「!」


【デート】という言葉に露骨に動揺してしまう。そんな初々しい反応をしているルセインにランドルフが苦笑いを浮かべる。


「バカね。隊長が貴方をデートに誘う訳ないでしょ。訓練よ、訓練、見ればわかるでしょ? あっ……私で良ければこの後、時間空いてるけど?」


「――いや、それは結構です」


 自分の純朴をからかわれた腹いせに、怒りを込めた即答でお返しする。


「もう、つれないわね!」


 軽口をたたくのを見て、カルディナがいつもの冷笑を浮かべる。


「貴方バカなの? なんでランドルフがここに来てるかわからない? 人を見る目がないと、この先苦労するわよ」


 自分から、からかってきたというのにカルディナは今のやり取りで機嫌を損ねたようだ。ルセインはオルタナが言っていた一年で十八人辞めたという言葉を思い出す。どうやらランドルフは心配してついてきてくれたようだ。


「入団審査よ。ランドルフは貴方のこと気に入ったみたいだけど、適正検査も普通だし、はたして貴方がこの小隊にいる意味があるのか見定めてあげるわ」


 いったい何のテストであろうか? 正式な入団テストは終わり、優秀な成績などとは言わないが無難な結果を残してはいる。そもそも只の一兵卒のルセインに何を期待しているのだろうか? 

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