第2話 城門での戦い

 突如、森の中から現れた魔物の集団は、ものの数分で凄まじい数となり、神殿騎士団は態勢を整える間も無く城門前は魔物で埋め尽くされていた。準備が間に合わなかった最前戦の兵士は武器を持たず、門を固く閉じ、城門をただ抑えこんでいるしかできない。


「ランドルフ伍長、いつからヒエルナ皇国はこんな物騒な国になったのですか!?」


「そうね。今日からじゃないかしら?」


「二人とも何を呑気にしてるんだ! さっきから城門の扉がミシミシいってるぞ! しっかり抑えて!」


 幅十一メートル、厚みが二メートル以上ある城門が外からの衝撃で波打っている。門の内側では味方の怒声や奇声、外から聞こえる魔物の咆哮で、城門を抑えるルセインやその他の兵士も震え上がっている。


「ランドルフ伍長。ちなみにこの門、開いちゃったらどうなるんですか?」


「そうね。雪崩れ込んできた魔物に潰されて圧迫死。運が良ければ弾き飛ばされて動けなくなったところを美味しく食べられちゃう感じかしら」


「おい! さっきも言ったけど開いたらその瞬間に終了だからな! ルセインまじで力入れろ!!」


「わ、わかってるよ。た、ただ、なんか喋ってないと恐怖で動けなくなりそうで――」


 人生初の命がかかった戦闘、全身全霊で力を込めている。しかし、そろそろ城門を支える兵も分厚い城門も限界を迎えようとしている。衝撃は凄まじく、ルセインは恐怖で声と脚が震え、力がいつ抜けてもおかしくない。


「ま、まさか兵士初日で死ぬ事になるなんて。せめて可愛いお嫁さんが、ほ、欲し――」


「おい、頼む。変なフラグを立てないでくれ!」


 尋常でない様子にオルタナも声が震えている。外から聞こえる声や騒音が次第に大きくなる。


 鈍い音と共に城門の一部に切れ目が入り、見たくもないのに隙間から獣の毛並が見える。ベッタリと濡れているのは紛れもなく兵の返り血である


「ひょっとしてルインズモス! これって本当にやばい気がするわ」


 ランドルフからも悲痛の声が聞こえる。


 扉はさらに歪みを増し、あっという間に一人分の大穴が開く。強引に頭を突っ込んできた魔獣は角が生えた熊の様な出で立ちで、隙間から左手をねじ込むと門の内側の兵士に鋭い爪を突き立てる。一部の兵士が直撃をくらい崩れ落ちると、続けて無秩序に振り回される爪が何人かの兵士を傷つけた。


「あっ」


 獣とルセインの視線が重なる。次の瞬間、頭上に魔獣の腕が振り下ろされる。


「お、うっお」


 間抜けな声が漏れる。先程倒れた兵士が持っていた木盾を咄嗟に拾い、何とか直撃を避けるが、木盾が崩れ地面に叩きつけられる。


 魔獣の腕が振り上げられ、鋭い爪がきらりと光る。


「あっ、く、くるな」


 短い命が終わると思いきや、振り下ろされるはずの魔獣の動きが数瞬止まる。


「えっ……?」


 時間にして二秒ほど。不自然な間を空けてルセインが我に返る。


「一体何が――」


 ルセインが言葉を最後まで紡ぐことなく視界が白く染まると、その先にいるはずの巨体の魔物が視界から消え去っていた。


「隊長ーーーー!」


 ランドルフが喜びの声をあげる。


 いつの間にか目の前には、背を向け、白い甲冑に身を包んだ女がいた。右手には大振りなランス。兜からは艶やかな桃色の長い髪が覗く。


 女は魔獣が入ってた穴から中に入ると、黄色い声を上げるランドルフの腰をランスで叩きつける。


「貴女何やってるの? 私に恥をかかせるつもり?」


「あ~~ん。隊長~~。だって、私、怖くて」


「すぐに第二波が来るわ。私が正面の奴ら止めるから。残りの魔物が門の中入らないようしっかり止めなさい。ちょっと、そこの新人! この袋をランドルフに被せなさい 」


 女はルセインにずた袋を投げてよこす。


 振り返った横顔から整った目鼻立ちに、色の薄い茶色い瞳が窺える。


「えっ、は? 可愛――」


 突然の女の言動と強烈な匂いを放つずた袋、ルセインが戸惑いをみせる。


「早くっ!」


「はっはぃぃぃぃ!」


「同じこと何度も言わせないで。物分かりが悪い男は嫌いよ!」


 ルセインは自分でもわからない感情に顔を引きつらせながら、激しい匂いを放つ袋を手にランドルフに向かって走り出した。


 ※※※ 


「聞いて、作戦は簡単よ。貴方達は隊長達が取りこぼした魔物を小隊で撃破。うちの隊もランドルフを前にだして魔物を撃退しなさい。間違っても前には出ないで……死ぬわよ」


 さらっと恐ろしい事をカルディナが言い放つ。


「ランドルフ!」


 先程投げられたズタ袋をオルタナと二人掛かりで被せた後ランドルフはしばらく暴れていたが、今は薬が効いたのか大人しく座っており、隊長の呼びかけに対しても反応がない。


「貴方達、死にたくなかったらランドルフにもっと袋の匂いを嗅がせなさい」


「す、すいません。ランドルフさん大人しくしていてくださいね」


 言われた通り、再び力ずくで袋を顔に押し付ける。


「ウゴッウゴッウゴーーーーーー。グルグルグギャッ」


(いや、これ人間やめっちゃってるんじゃないのだろうか……)


 頭を大きく振り回しながら両足で力強く立ち上がったランドルフを見て、カルディナが口角を上げる。


「いいじゃないランドルフ。調子で出てきたわね! それじゃあ第二回戦行くわよ!」


 森の中からわらわらと魔物達が姿を現す。先程見たルインズモスを始め、奥には甲冑を身につけた二足歩行の豚などが窺える。魔物達は隊長格が前に出るのを確認するとノロノロとした足取りから打って変わって一斉に隊長達に向かって走り始める。口角泡を吹き、目を剥く様子はルセインだけであれば間違いなく震え上がっているだろう。


「槍構え、放て!」


 厳つい顔をした先程の大隊長が叫ぶと同時に、小隊長の槍が一斉に放たれる。勢いよく槍が着槍するとその勢いに魔物は次々と倒れていく。


「「おぉーーーー!」」


 兵の歓声が上がり、続いて大隊長より次の指示が飛ぶ。


「各小隊は小隊長を前衛にしつつ、後衛よりフォローせよ。残りの魔物を押し返す! 次の神槍を待て!」


 大隊長の命令を最後まで聞くことなくランドルフが力強い歩みで魔物へと駆けだす。


「ウボォアー! ウモ! ウオ!」


 豪腕が次々と魔物を屠ってゆく。ルセイン達も急いで後衛に回ると、打ち洩らした魔物や深手を負った魔物を槍で押し返す。魔物の勢いは凄まじかったが、ランドルフの斬撃の厚みのおかげで素人のルセインでも何とか後衛が務まっている。


「これ、いけるんじゃないですかオルタナさん? 隊長達もマジで凄いですよ! ――あ、そういえば神槍って何ですか?」


「さっき城門の外の魔物を吹っ飛ばした超出力の光だよ。各小隊長がでかい槍に騎乗しながら城から降ってくる攻撃だ。城壁回りまで射程があって、射程内ならどこにでも打ち込める。あれを喰らって生きてる奴はいないよ」


 隊長やランドルフの反撃により魔物とは小康状態は続く。しばらくの攻防の末、ついに大隊長より新たな命令が下る。


「総員体勢を低くしろ! 着槍用意!!」


 命令が響き、ルセインが地面に伏せる。と同時に先程見た白い光が辺りを駆け抜ける。先ほどまで勢いよく奇声や雄たけびを上げていた魔物達の声はもう響くことはない。


 辺りは不自然なほどに静まり返っていた。


 恐る恐るルセインが顔を上げる。視界の先には大きく抉られた大地と傷だらけになった魔物の死体が散らばっている。塗り替えられた景色の後に続く光景。先程までの戦いが嘘のように荒れ狂う魔物達は城門の前に存在しなくなっていたのだ。


「か、勝ったのか?」


 ルセインの間の抜けた声がすると、どこからとなく一人の兵士が叫ぶ。


「か、勝鬨を上げろーー!」


「「うぉぉおおおおおおおおーーーーー」」


 辺りは勝鬨の怒声で埋め尽くされる。ルセインの兵士初日。激戦の末、辛くも命を繋ぐ事ができたようだ。

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