強制ジョブチェンジ! 街の兵からネクロマンサーに転職

陽乃唯正

第一章 兵士就任編

第1話 就任初日

 暗闇のなか一筋の稲妻が男に直撃する。通常であれば即死するはずの威力の稲妻。しかし、男は僅かに体を硬直させただけで、腰を低く構えると空高くへ舞い上がる。


 人間では到達しえない脚力で空に舞い上がると、その先には甲冑を着た一人の若者がその男を待ち構えていた。


 甲冑を着ているのは中性的な人物である。男か女かは分からない、ただ、遠目からみたその人物が美しく、人をひきつける容姿をしているのは、遥か遠くから見ている者達にもよく分かる。


「これが勇者と魔王の戦いですか……」


「そう、あれが人を超越した勇者です。見なさい、生物の頂点に立つ魔王を圧倒している」


「勇者の仲間は戦線を離脱し、魔王の配下も死に絶えました。この戦いを見ているのは私と貴方だけですね」


「そうですね。あの二人も私達には気付いている。しかし、彼らも自分たちの行く末を見ていて欲しいと願っているでしょう」


 戦闘は一瞬で展開し、魔王と呼ばれた男が長刀を形成し、上段から勇者を斬りつける。勇者は全身を使って両手剣で長刀をはじくと、器用に体を反転させ、そのまま魔王の胸へと剣を差し込む。


 時が止まる


 現実には、ほんの一瞬に過ぎない、その僅かな時間。しかし、勇者と魔王の戦いを覗き見る二人に、その一瞬はひどく長く感じた。


 やがて、魔王が膝をつくと、剣を突き刺したまま勇者が片手を空へと上げる。


 その瞬間、突き刺した剣に吸い寄せられるように上空の雷が幾つもの尾を引いて魔王の胸に降り注ぐ。


 魔王はその勢いのままに後方へと吹き飛ばされ、大地に轍を作りながら強靭な肉体を塵へと変えていった。


「どうやら、勝負がついたようですね」


「……」


「どちらが国の礎となるか様子を見ましたが、扱いやすそうな勇者が最後まで生き残ってくれたようです」


「ただの人に過ぎない私が、あの力を手に入れるのですか?」


「貴方、そういうのは得意でしょ?」


「……」


「さあ、戦線を離脱していた賢者が勇者に合流しようとしています。我々も準備に取り掛かろうではありませんか」


 大地に消えた魔王。その魔王を屠った勇者。


 人類の命運をかけた決着がついたこの日から全ての物語が始まる。


 ※※※


 王国、帝国、連邦国と国は様々な形がある。しかし、神聖ヒエルナ皇国が他の国と大きく異なるのは差別が無いことである。それは何故か? 国自体が一つの宗教でまとめられているためだ。


 一つの信念に皆が従う。人、亜人、ハーフ、全ての国民がヒエルナ皇国に属している限り、同じ価値感の中で幸せを共有できるのである。もちろん、そんなヒエルナ皇国では他の国々に比べると断然治安も良い。そんな安全な国の治安維持組織【神殿騎士団】に一人の少年が配属される。


 ※※※


 日に二度鳴らされる大聖堂の鐘に今日も人々は祈りを捧げる。


(しかし、その祈りは本当に神に届いているのだろうか?)


 歩きながら少年はそんな事を考えていた。


(もし神様がいるなら自分は……)


 考え事をしていたら、いつのまにか詰所の前まで歩いていたようだ。詰所の奥にいる人物と目が合うと姿勢を正し、声を張り上げる。


「今日から配属になるルセインです! 宜しくお願いします!」


 小柄でまだあどけなさが残る少年。短めの茶髪は少し黒みがかっており、体格も貧相とは言わないが決して立派とは言えない。


「宜しい。お前の入隊を認めよう。これからしばらくはランドルフ伍長の元でオルタナ一等兵と共に歩哨任務に着く様に」


 壮年の男性も声を張り上げ、ルセインに対し初めての命令を下す。


「ランドルフ伍長。以後、ルセイン三等兵の実務を指導するように!」


「はっ!」


 壮年の男性の前には巨漢の身体が立っている。


 金髪で革鎧の隙間から見える手足は、節々が筋肉のコブで盛り上がる。表情に視線を移せば体型に似合わないつぶらな瞳がひときわ際立っている、男の名前はランドルフ、どうやら直属の上司になるようだ。体つきを見る目がいやらしいのは勘違いであって欲しいとルセインは静かに目を逸らした。


 ヒエルナ皇国神殿騎士団。総勢一万四百七十八人。皇帝を頂点に元老院によって管理される行政機関で、三つの内部部局、各地方を管轄する六つの地方機関で構成される治安維持組織だ。その末端の末端で治安を守るのがルセインの仕事となる。わかりやすく言えば周辺の魔物やならず者から人々を守る兵士である。


「新人、宜しく! 俺も入って日が浅い。これから頼む!」


 横から声をかけてくるのはオルタナ。スッキリと背の高い好青年で、年齢もルセインとそこまで変わらなそうである。キラリと見せる笑顔は男からしても好感を持ってしまう。


 基本的に下士官に兵卒三人のフォーマンセルで行動しているようなのだが、訳あって1人かけているらしい。


「ルセインちゃん宜しく。早速だけど適正を教えて欲しいの。今後の立ち回りや、配置について考えたいから」


 ランドルフが言う適正とはA〜Eで評価される国の身体検査で、発行される適正で職業の向き不向き、個人の資質を記載した証書である。


 登録名

 ルセイン


 種族

 ヒューマン


 身体能力 C

 知的能力 C

 判断能力 C

 交渉能力 C


「至って平均ね」とランドルフ。

「ええ。模範的一般人です」とルセイン。

「いやいや皆のど真ん中って事ですよ。弱点がないことは良い事じゃないですか!」とオルタナ。


(イケメンで性格が良いとは僻む気持ちさえも湧いてこない)


 ルセインは自分の胸に込み上げる卑しい気持ちを抑えこむとランドルフのは命令に耳を傾ける。


「早速だが三人で歩哨任務に着きます。装備を整えて門の外に集合するように」


 支給された革鎧に袖を通し、短剣を鞘に収める。詰所から門までは直結しており、ルセインはその他の部隊と共に外に整列させられる。


「訓練生とはいったものの、実際はいきなり現場よ。合間を縫って訓練を行うわ。もちろん、最初から給金も出るわよ!」


 のんびりとルセインの兵士ライフが始まる……と思いきや、何やら外が騒がしい。よく見れば神殿騎士団の兵士が右往左往としている、中にはフルプレートに身を包んだ指揮官クラスや、大隊長もあれこれと指示を出しているのが見受けられる。


 ランドルフは駆け足で指揮官へと向かうと何やら指示を受ける。しかし、何やら様子がおかしい。こちらに駆けてくるその顔色は何故かワントーン薄くなっていた。


「これは……まずいわね。魔物がこちらに向かっているそうよ。恐らくスタンピードよ」


 ルセインの騎士団着任初日は、波乱の幕開けで始まることが決定する。


 ※※※


 ラフィンタイン教会の最頂部に一人の女性が佇む。手で庇を作り目を細めどこか遠くを眺めている。金髪を一つに結びサイドに流した長身の女性である。切れ長の目に黄色い瞳、薄い唇。整った顔立ちではあるが冷たい印象を受ける女性だ。


「この魔物どこから湧いてでたのかしら?」


 黒を基調とした上下の服に、胸には鈍色の刺繡で翼が縫い込まれている。この国で最も厄介で、かつ権力をもつ異端審問官諜報部サーラサーハである。


 視界を移し、ヒエルナ近くの城門を見る。侵入こそされていないものの、城門の扉が打ち破られるのは時間の問題であり、魔物がなだれ込んでくれば民にも影響が出るかもしれない。


「念のためへルナールにも報告しようかしら……」


 呟くように静かに言葉を放つとすぐさま一陣の風がサーラサーハの金髪をなびかせる。


「いえ、私達が出る幕はないわね。ここは神殿騎士団に任せましょう。治安維持は彼らの仕事ですもの。でも、何かしら胸騒ぎがするわ……。これも私に混じる異形の血がそうさせるのかしら」


 もう一度魔物の群れに視線を送ると微笑を残してサーラサーハはその場を後にした。

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