エピローグ

 冬の寒さと春のここちよさが入り混じった季節。窓を開ければ、心地の良い風が頬を撫でる。爽快感が生まれ、リラックスしてつい気が抜けてしまう。


 今、俺たちは旅館にいる。およそ誰も選ばないであろう、山奥にひっそりとある旅館。


 あの後、俺たちは家に帰ろうとした。だが、どうやらここは山の中。周りには車一つなく、コンビニもない。結局、徒歩で帰ることになった。

 ちょうどその時、遠くの方にこの旅館が見えた。

 言葉は要らなかった。


 そうして、今に至るわけだ。


「ふぁ〜、このお酒美味しい〜」


 向かいの席に座る酒呑みがイロハだ。温泉の後だからだろうか。その表情は緩み切っており、肌には生気が入っている。


 羨ましい限りだ。


「ほらほら、助手も飲まないと、もったいないよぉ?」


「酒は飲まないし、飲めない。俺まだ未成年だぞ?」


「え〜、そんなの気にしないほうがいいよ。その辺の国だと16から飲める所もあるしね」


「ここは日本だ。お前も法律に従え」


「私は国籍ないから、そんなものには縛られませぇ〜ん」


 そういえばそうだったと、改めて再確認する。

 この探偵は謎が多すぎるのだ。


「なあ、イロハ」


「ん、なに?」


「お前は1年前……死んだのか?」


「………」


 今回の事件で1番引っかかるのがそこだ。

 あの時、確かにイロハは死んだはずだ。あの状況から生きているはずがない。だが、実際今目の前にいるのは紛れもないイロハで、ちょっと訳がわからなくなる。


「そうだね。なんて説明しようか…」


「教えてくれて。信じるから」


 イロハは、持っていたグラスを机におく。グラスの中は氷だけが残っていて、側面には水滴が慕っていた。

 ユウジはイロハの言葉を待ち、その赤い目を見据える。

 イロハは隣に置いてあった酒瓶を取り出し、空になったグラスに継ぎ足す。酒臭さが、ユウジを襲うが、目の前の酒呑みは幸せそうだ。


「あ〜、幸せ〜」


「…おい」


「え、なんで怒ってんの?」


「お前の、秘密を、聞かせろって!」


「私の秘密?スリーサイズとか?」


 もし、ここに拳銃があれば容赦なく撃っていただろう。まあ、当たらないとは思うが。


「まあまあ、そんなに焦らなくても。時間はあるんだし、また今度ゆっくり話そうよ」


「はあ、分かったよ。今度な」


 そうか。もう事件は乗り越えたんだ。また、これからも、ずっとか。


「それじゃあ、気を取り直して。かんぱ〜い」


 俺は無言でグラスを出し、イロハとグラスを合わせる。ガラスの高い音が響いた。

 ユウジはグラスを通して見たイロハの瞳は、いつもよりも赤く潤んでいた。


 ユウジはグラスの中の飲み物を軽く一口。舌が痺れて、口の中を痛みが襲う。


「ッッッ!お前、これ……酒」


「引っかかった、引っかかった」


「…くそ、やられた」


「これで一緒にお酒が飲めるね」


「お前なぁ」


 もうこの際飲んでやる。どうせバレなきゃ犯罪じゃないんだ。

 グラスに注がれた酒を一気に飲み干す。口の中が焼けるように痛いが、慣れればこれも悪くない。


「それじゃあ、助手のこの1年を聞かせてもらおうか」


 イロハと目が合う。綺麗だと思うのは、俺が酔っているからなのだろう。


「それじゃあ、一つづつ解き明かしていこう」


「そうだね。それが一番効率いいし」


 俺たちは語り合う。

 これからも、この先も。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あいつと酒を解き明かそう 薬壺ヤッコ @Samidare0820

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ