第11話 写字生見習い

父ラルフもユリアンネがオトマンの見習いになる話は、絶対拒否するべき悪い話で無いことは理解していた。順当に行くと次女より長女に婿を迎えて後を継がせるだろうが、そうなるとユリアンネの居場所が難しくなる。ならば後継ぎにすると言ってくれている、しかも高級街の店舗を任せるというオトマンの話は願っても無い。薬屋ではない書店ではあるが、書店員の適性もあるそうで、しかも薬の工房を作っても良いという。

しかし、まだ10歳の娘。しかも亡き妻に相談はできない。

結果、まずは日帰りで何日か試しに通ってみることが落とし所になった。


「ではまだお試しなので、ユリアンネさんとお呼びしますね。まずは商いの基本、お客様に喜んで頂いてお金を頂戴することを覚えましょう」

「はい……?」

「先日の魔導書の写し、大変良く出来ていました。見学の際にもお話ししましたが、この書店の顧客は貴族や豪商の方だけではありません。数としては写本をお求めになる方の方が多いのです。まずはそこから始めましょう」

写字を職とする人は写字生(しゃじせい)と呼ばれるのだが、オトマンはその写本を作成する道具の説明から始める。

「書写は明るい部屋で、原本を書見台(しょけんだい)において、これらの羊皮紙とペン、インク、ナイフなどを使用して行います」


前世の知識では、大昔の中国の蔡倫が布のボロ切れなどで紙を発明したこと、自分たちが使う紙は木材が原料のパルプというものを使用することぐらいだけ記憶している。

しかしこの世界では、動物や魔物の皮を使用する羊皮紙が一般的である。書籍にするにはかなり薄くて丈夫な物が選ばれる。生きていた時に毛が生えていた側ではなく、肉の側の方がインクを吸収して固着するため、契約書などではその片面だけを使用することもある。ただ、写本の場合には冊子にして両面使用するのでインクが馴染みにくい毛の側も使用する。

そのインクのレシピは写字生の秘伝とのこと。一般的には、カシやナラの木の枝にできる虫瘤である没食子(もっしょくし)を水やワインで煮込んで作るらしい。

ボールペンや鉛筆、それぞれに対応した修正ペンや消しゴムが無い世界であり、書き間違いは専用ナイフで削り取るとのこと。


分量の少ない薄い本の写本から取り掛かってみるユリアンネ。受験勉強の時の集中力があったが、電気スタンドほど明るい灯があるわけでもなく、慣れない道具でそれだけの量を書写するには苦労するのであった。

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