散歩
セイロンティー
散歩
僕は家を出た。本当なら今の時期、外はきっと熱気でムッとする暑さだろう。この日はどうだったんだろうか。見上げた感じでは、この時期特有のあの雄大な入道雲は見当たらない。でもとてもいい天気なのは間違いなかった。
さてどこに行こう。目の前にはお迎えさんである、黒塗りの壁が特徴的な一軒家が見える。駐車場は空だった。今朝実際に部屋の窓から見た時には、白い軽が止まっていたから、この日は平日だったんだろう。だとしたら仕事に行っているのかもしれない。
とりあえず通りを右に曲がってみる。曲がるとすぐにこの近所一体のゴミを集める置き場があった。見た所、ゴミは置かれていない。この日は何時だったんだろうか。既に回収されているという事は、お昼頃なのかもしれない。
そしてゴミ置き場を過ぎると、小さい公園がある。ブランコと鉄棒しかない素っ気ない公園。人気は・・・ここから見るに全くなかった。中に入ってみたかったけど、それは今の僕には叶わなかった。
あ、人がいた。通りを歩いていて初めての人。犬を連れて散歩中のおじさんらしき人だった。らしきとしか言えないのは仕方ないよね、はっきり見えないんだもの。それんしても結構大きな犬だな。犬の方ははっきり分かる。ゴールデンレトリーバーって言うんだっけ?近所にこんな犬を飼っている人がいたなんて知らなかった。僕は犬が好きだから、実際に会ったらちょっと戯れさせてほしいなって思うけど、今はそれは叶わないね。
でも目敏い僕は、このおじさんを見てピンときた。この時期は夏。だっておじさんのこの涼しそうな恰好を見れば一目瞭然だもの。でもここからもう一度空を見上げても入道雲はやっぱり見当たらなかったから、夏は夏でも初夏なのかもしれない。
人と会うのって苦手で好きではない僕だけど、こういうシチュエーションだったらちょっと嬉しいもんだな。そうだ、どうせならもっと人が集まる駅の方に行ってみようか。幸いなことに僕の家は駅から徒歩数分の距離。遠かったら一度、スーパーマンみたいに、空に舞ってから駅近くで舞い降りようと思ったけど、このまま歩いていけそうだ。
駅に到着。といっても構内に入ることは出来ないから、こうして外観を眺めるだけ。人通りはそこそこって感じだ。平日の昼間だろうから、そんなに込み合う時間でもないから当然だけど、なんかやっぱり人がいるのってちょっと落ち着く。不思議だよな、前はあんなに疎ましく思っていたのに。やっぱり離れていると求めてしまうものなんだろうか。
あれ?駅の隣にあるコンビニに入ろうとしている人、あの高校の制服、もしかして・・・。あの長い黒髪、華奢な身体、左手に持つ鞄・・・。そうだよ、絶対そうだ。
「遠山さん・・・」
思わず声に出しちゃった。でも間違いないよ、背中しか見えないけどさ、これ絶対に遠山さんだよ。
感動した。だってこんな偶然ないよ?偶然というより奇跡だよ、こんな所で遠山さんに会えるなんて。体調が悪いとか言って、よく午前中で学校帰ってたもんな。だからこんな時間にここにいるんだ。そう言えば、ここのコンビニのオリジナルのパンが好きだって話しているのを聞いたことがある。きっとそれを買いに行こうとしているに違いない。
懐かしい・・・。あの頃の恋心が蘇ってくる。別に失恋したわけじゃなく、何も言えないまま卒業式を迎えた恋だから、今こうして蘇っても全然苦痛じゃない。寧ろ冬にかじかんだ手をぬるま湯に浸けた時みたいに、じわじわと心が通ってくる感じが堪らないな。
遠山さん、今ごろ何してるんだろうか。今もこのコンビニのパン、好きなんだろうか。今は当然、この高校の制服は着ていない。どんな服を着てるんだろう。私服、一度でいいから見てみたかった。
僕なんかこんな時間なのにまだパジャマのまま・・・。
「はぁ・・・。引き籠るのも飽きてきたな」
僕は寝ながらスマホを手から落とすと、うす暗い部屋の天井を見つめた。現実の外は、きっと今見ていたスマホのストリート写真の様に晴れ渡っているんだろうな・・・。
「よし」
僕はぴょんと布団から飛び降りると、カーテンを開けた。そこには例のお迎えさんの黒塗りの壁の家と白い軽。そして見上げると予想していた通り、目映く光る太陽と、ストリート写真では拝めなかった、雄大な入道雲が空一杯に広がっていたのだった。
散歩 セイロンティー @takuton
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