第12話 宇治原くん、風邪をひく 2 看病イベントは突然に 1

 何か音が聞こえる。

 徐々に意識が昇ってくる。


 ピンポン。


 その音にすぐに飛び起きぐらりとした。

 インターホン!

 誰か来たことがわかると同時に誰が来たのか考える。

 すっきりとした頭で考えていると再度鳴る。

 考えるよりも確認した方がいい事に今更ながら気がついてけるように玄関げんかんに向かう。


「どちら様でしょ……っ! 」


 扉越しに聞きながらのぞき穴を覗くと真っ黒。

 光がらぎ、それが瞳だと気が付き「うぉっ! 」と声を上げて尻餅しりもちをついた。


「ど、どうしたのレン大丈夫?! 何か大きな音がしたけど?! 」

「あ、愛莉あいりか。一体何をしに……」

看病かんびょうに来たよ」


 何故覗き穴を覗いていたのかについては答えてくれなかった。

 だけど女子を外で待たせることは悪い。

 一先ず愛莉ということで安心し立ち上がって、ゆっくりと扉を開ける。


「こんばんは、かな」


 そこには夕日を背景にして立っている、こん色のブレザーを着たボーイッシュ美少女『重原えはら愛莉あいり』がニコリと笑い、そこにいた。


 だけど何故だろう。彼女から冷たいものを感じるのは。


 ★


「おじゃましまーす」


 愛莉が元気よく足を進める。

 一瞬感じた違和感はすぐに無くなった。

 何だったんだ? と思う間に彼女はくつそろえて俺を見た。


「……綺麗な部屋じゃないけど」

「大丈夫、大丈夫。陸上部の部室ほどじゃないと思うから」


 笑う彼女を一先ず部屋へ上げることに。

 運動部の部室ってどうなってるんだ? と思うも口にしない。

 万年帰宅部の俺には想像つかないが、きっと触れてはいけない事なのだろう。


 朝の体の重さはどこへやら。軽い足取りで愛莉を案内する。

 廊下を歩く中彼女が隣に来るとふわりといい香りが漂ってきた。

 それと同時に俺は気付く。


「ちょいマスク着けてくる」

「大丈夫だよ」

「? 」

「ほらマスク」


 愛莉はゴソゴソとエコバックを探りマスクを取り出し俺に渡す。

 なんと用意の良い事か。

 ほら、と差し出す愛莉からマスクを受け取り耳にかける。

 ノーズピースを鼻の形に合わせ先に進んだ。


「座っていてくれ」


 彼女をソファーに座らせて窓へ向かう。

 愛莉に背を向けながら聞いた。

 

「なんで来たんだ? 」

「風邪で休んだって聞いて」


 聞くと、少し元気のない声で愛莉が答えた。


 俺はガラガラと音を立てながら窓を開けつつ「聞き方がまずかったか」と反省。

 看病に来てくれただけでも嬉しいのだがどうしてこうも素っ気なくなってしまうのか自分のコミュニケーション能力に疑問を覚える。

 

 しかし愛莉の答えも答えになっていない。だがそれを聞くのは躊躇ためらわれた。

 俺の聞き方が悪かったのもあるが、せっかくの女の子による看病イベント。下手に追及ついきゅうして場を悪くするよりかはスルーする方が良さそうだ。

 少し空気を換えよう。


「よく俺のマンションがわかったな? 」

「この前ボクの家の近くって聞いてたし、冴香さやかと佐々木君に聞いたんだ」


 あの二人、と思いながらも「グッジョブ」と心の中で親指を立てた。

 しかし一言くらい連絡があっても良いと思う。

 愛莉が来るとわかっていたら色々準備をしてたのに。


「二人からボクが行くこと聞いてない? 」


 窓を開け、カーテンを閉める。

 その先にある回収していない洗濯ものを見られないようにするためだ。


「聞いてない」

「ボクが看病に行くことになってスマホをいじってたから、連絡してたと思ったんだけど」


 それを聞きピタリと止まる。

 ちょっとそこで待っててと一言告げて自分の部屋へ早足で向かう。

 扉を開けて机の上のスマホを見る。

 するとそこには着信が一件。


【件名: 悲しき夜ロンリー・ナイトを過ごせし我が同胞へ】


 誰がロンリーだ。いや熟年夫婦からすればロンリーだが。


 件名からツッコミどころ満載まんさいだがいつもの事なので放置。

 一先ずタップして本分を読む。


『やぁ。寂しさのあまり風邪をひいたレン君に女の子の看病イベントを届けたよ。このチャンスを有効に使うかどうかは君次第だが……頑張りたまえ。 提督より』

「誰が提督だ」


 スマホに向かってツッコミを入れベッドに叩きつける。

 愛莉に風邪を移したらどうするつもりだ、この野郎。

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