part Aki 7/24 pm 5:13




 スタインバックを出て メローペガーデンの展望テラスに上がる。

 プレアデスアーコロジーの7つのタワービルをつなぐ巨大な空中庭園。アルキオネモールの辺りは ウッドデッキ風になっていて 海の方がよく見える。コンテナ埠頭に接岸した 巨大な貨物船の上を 赤茶色の クレーンがゆっくりと旋回し コンテナの積み降ろしをする 鈍い音が 海風にのって ここまで届いてくる。

 まだまだ 外は 暑いけど 昼の酷暑に比べれば 日も翳って いくぶん過ごしやすい。埠頭の方から吹く 強い海風が頬に心地いい。


 

「うーん… いい風。もう少し時間あるよね? ちょっと歩こっか?」


 

 スマホで時間を確認する。

 開場まで 20分弱。


 

「あー いいかもです」


 

 海風に当たりながら 公園を散策。

 2人で ゆったり時間を使う。素敵かも。遅れないように 一応 スマホのリマインダーをセットしておく。


 

「手… 繋いでいい?」

 


 差し出されたこんのさんの右手を左手で握り ゆっくりとウッドデッキを歩く。

 夏休み入ってすぐの日曜日。若者のグループや 家族連れ それに カップルなんかもチラホラ見える。


 

「ほらっ見て 見て!あの雲 キレイじゃない?」


「うわー あんな低いとこ 飛行機 飛んでるー」


 

 こんのさんの話は とりとめなく移り変わっていく。

 そして 時々 ボクの左手を ぎゅっと強く握りしめてくる。痴漢が出るような場所じゃないけど 何か不安なことでも あるんだろうか? 強く握られるたび 握り返しながら そんなことを考える。そう言えば 電車の中以外で 手を繋ぐのって初めてかも…。


 ボク達の横を 大学生くらいの手を繋いだカップルがすれ違う。

 もちろん男女のカップルだ…。ボク達は恋人同士じゃないけど 手を繋ぐ。もし ボクが本物の男の子だったら〈親友〉でも 手は繋いでないだろうな…。また そんな 考えても仕方のない想いが 頭の中をグルグル廻って 涙が出そうになる。ボクからも こんのさんの右手をぎゅっと握った。

 

 

 ……伝わるハズもない想いを込めて。



 こんのさんが歩みを止め こちらを振り返る。

 お化粧したこんのさんの顔立ちは いつもより大人っぽく見えて 本当に綺麗。なのに 今日のこんのさんは どこか儚げで 幼くって 守ってあげなきゃって思う。これ以上 好きになるワケには いかないのに…。


 

「ねぇ あきちゃん…。お化粧してくれてホントに ありがと」


 

 こんのさんは ボクの正面に立って ボクを真っ直ぐに見つめながら続ける。

 


「あのさ… もう1回 あたしのこと〈綺麗〉って 言ってもらっても いいかな…?」


 

 ボクにとって こんのさんは 本当に綺麗で 理想の美人って言ってもいいくらい。だけど こんのさんは 自分の外見に色々とコンプレックスがあるみたいだ。今日 お化粧して そのコンプレックスが 少しは和らいだのかな…。さっきも〈綺麗〉って言ってあげたら スゴく嬉しそうな顔してたし。

 お化粧やボクの〈綺麗〉って言葉が こんのさんを笑顔にする〈おまじない〉になるなら 何百回でも 言ってあげられる。ボクは本気で こんのさんのこと〈綺麗〉だって思ってるんだし。


 こんのさんに ボクの気持ちが伝わるように こんのさんの瞳を じっと見据えて言う。


 

「こんのさん スッゴく綺麗です」


 

 こんのさんは ボクの言葉を胸に納めるように ゆっくりと息を吸って目を閉じ しばらく 息を止める。 そして 目を開けると 静かに息を吐きながら 言った。


 

「あのさ あきちゃん。あたし あきちゃんのことが 好き。大好き」


 

 ボクの目を見つめながら 真剣な表情で。

 こんのさんの 今までの天然発言の中でも 最大級の衝撃だった。何で こんなタイミングで そんなこと 言うんだよ。まるで 愛の告白みたいに聞こえるじゃないか…。もちろん そんなハズは ない。こんのさんは ただ ボクに感謝の気持ちを伝えたいだけ。動揺を気取られるワケにはいかない。

 ニッコリと笑って 言葉を返す。


 

「えへへ 嬉しいです。アタシも こんのさんのこと 大好きです」


「あの そ… キャァ……ッ」


 

 こんのさんが 何か言いかけた その時。

 海からの突風が ボクたちのかぶった帽子を吹き飛ばす。こんのさんはキャノチエを とっさに押さえて無事。だけど 鈍くさいボクは ベレーを押さえ損ね マリンカラーのベレーは テラスの真ん中の方へと吹き流されて転がっていく。

 慌てるボクを尻目に こんのさんが 風より疾く駆け出し 噴水に落ちる寸前のところで 帽子を確保してくれる。追いついたボクに 帽子を渡しながら こんのさんが笑う。


 

「すみません。ありがとうございます」


「スゴい風だったね」


「あー ホントに。 ビックリしちゃいました」


 

 ベレーを飛ばされないように しっかりとかぶり直す。

 そして 沈黙の時間。


 

「……あ あのさ…」


 

ピピピッ… ピピピッ… ピピピッ


 

 こんのさんが 口を開きかけたタイミングで ボクのスマホのアラームが鳴る。ポーチから取り出し確認する。さっきセットした リマインダーだ。


 

「こんのさん そろそろ 開場の時間みたいです。すみません… 話の途中で。で 何のハナシですか?」


「あ ううん。何でもない。それよか いよいよライブだね。スゴく楽しみ。早く行こ?」


 

 そう言うと こんのさんは 先に立って メローペガーデン中央の臨港アリーナに向かって歩き始めた…。

 ………。

 ……。

 …。




                        to be continued in “part Kon 7/24 pm 5:15”

 

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