夏の章 うみがらす
流れ、流れる海の青。波と潮は旅をする。旅をすれば、お土産を持ってくる。有難いお土産ばかりではないけれど、人の目を輝かせるものだって運んできてくれる。波間に漂う小さな欠片も、そんな旅人のひとりだった。
大きな大きな海の上で、その欠片は砂粒のように小さくて、頼りなくて、波に揉まれている間は誰の目にもつかない。どこに辿り着くのかも分からない。ただ、波に任せて泳ぐだけ。
小さな欠片は、いたずらっ子のイワシの群れに出会った。
「やぁ、なんだこれは? やけにキラキラしているぞ」
イワシたちは口々にそう言って、その欠片をつついた。イワシたちにつつかれて、その欠片は海の中であっちへ行き、こっちへ行き、落ち着けずにふらふら踊った。
しかし、食べ物ではないと分かると、イワシたちは興味を無くして、また黒くて大きな塊になって、どこかへと泳いでいってしまった。
欠片はイワシと別れたあとも、ひとりふらふら波の上。
次に、その欠片はウミガメに出会った。
「おや。ずいぶんと小さなお方だ。どこまで行くのかな? 私は暖かい南の海へ向かう所です」
ウミガメの紳士はそう言って話し掛けたが、欠片は相変わらず黙ったまま。
「ははは、無口なお方だ。では、達者でな」
ウミガメは笑ってお辞儀をすると、海流に乗って南の海へと泳いで行ってしまった。
欠片はウミガメとは別の海流に乗り、ひとりよろよろ海の中。
そうして海流に乗って泳ぎ続けると、海の上を走る大きな船が近付いてきた。海流なんてお構いなしに、船はぐんぐん近付いて来る。船が波を立てて通り過ぎると、小さな欠片は船が作った波に押されて、海流からポイッと投げ出された。
そして、また広くて大きな海の中、ひとりぷかぷか波の上。
その欠片は、そのうちにまた波に乗って、波から外れて、あっちこっちに旅をした。
乱暴者のサメは、欠片のことなんて全く見向きもしないで、ご馳走の魚に夢中だった。好奇心旺盛なイカは、欠片を掴んだり離したり、夢中になって遊んでいるうちに食べられてしまった。海の底では、物知りなタコのじいさんに出会った。臆病者のヒトデや貝は、小さな欠片が近付いただけで、一目散に逃げてしまった。
小さな欠片は、長い長い旅をした。そして、色々な場所に行って、色々なものに出会って、すっかり角が取れて丸くなった。最初はギラギラしていた表面も、今はつるつる優しい色。
ある時、その欠片は砂浜に辿り着いた。波が運んでくれた砂浜は、さらさらしていて柔らかい。
ひとりの子どもが、砂浜の上でキラキラ光るその欠片を見つけた。不思議そうに近付いて拾い上げると、嬉しそうに目を輝かせた。
「お母さん! 宝石見つけちゃった!」
その子どもの手の平では、青緑色に輝く小さなシーグラスが光っていた。
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