四季連作 巡り、巡る。
藤野 悠人
春の章 桜瀬
山の春は平地と比べて一足遅い。日陰になっている場所などは、更に遅れてやってくる。
ある山の中に、崩れかかった
近くには山道もあるが、通りかかる者はほとんどいない。周りの木の背が高いせいで、まるで隠された場所のようにひっそりとしている。どこかで鳥が二声鳴いた。
雨ざらしになってすっかりボロボロになった
木は、この社と同じくらいか、少し若い程度の
「まだ咲かないのか」
男の呟きに、木は沈黙したままだった。男はわずかに目を伏せた。
翌日、その木の枝全体が、ほんのりと色づいた。男はやっぱり賽銭箱のそばに座って、じっとその木を眺めている。
今日も天気が良い。昼時になれば、ぽかぽかとした陽気が、山の中で切り取られたような社に降り注ぎ、更にその木は色づいた。夜になれば、冷たい
そうして何日かが過ぎた。日を追う毎に木は色づいていく。そして、ある昼の日の暖かな日差しの中で、ついに満開となった。大きく花びらを開いた枝垂桜が、寂しい社を鮮やかに彩る。男は相変わらず賽銭箱の隣に座ったまま、じっと桜の木を眺めていた。
その日も夜が来た。満開となった枝垂桜が、銀色の満月に照らされて
ひらりと、花びらが舞った。そのひとひらが、地面に着くか着かぬかという所で、桜の木の根元に、ひとりの女が立っていた。月明かりの中で賽銭箱の横に座る男を見つけると、女はふわりと微笑んだ。軽やかな足取りでこちらに近付く。でこぼこの石畳を小さな
「こんばんは。待ったかしら?」
「こんばんは。いつも通りだ」
「そう。それならよかった」
そう言葉を交わすと、女は男の隣に腰かけて、彼の肩に頭を預けた。そのまま二人は何も言わずに、静かな夜の中で寄り添っていた。
どこかでふくろうが二声鳴いた。
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