2023年 3月下旬

 *


「正直、先輩ってどこまで幽霊とか信じてます?」

「今更な質問だな」


 三月下旬、■■山に関する報告会の最中に、ふと佐々木が私に尋ねてきた。


「いや、先輩がこの手のホラーが好きってのは知ってますけど、実際に信じているかどうかは聞いたことないなって思って」

「じゃあ、逆にお前はどうなんだ?」

「俺ですか? 俺は……まあ、正直言って全然信じてませんね」

「……なんでお前、この調査やってるんだよ」


 少し呆れた口調で、私は彼に問いかける。


「いや、信じてないからこそですよ。この青い女にも、絶対何か元ネタがあると思いませんか? その正体を俺は知りたいんです」


 要するに、佐々木は■■山に出没する青い女は何らかの怪談の派生だと考えており、文献を辿れば――その起源に到達できるのではないかと考えているようだ。確かに、理には適っている。

 日本の怪異というのは基本的に女性型が非常に多いというのは今更語るまでもないだろう。トイレの花子さん、カシマレイコ、口裂け女、テケテケ、ひきこさん、八尺様――ぱっと思い浮かぶ有名どころだけでも、圧倒的な女性社会だ。一応、男性型の怪異もそれなりには存在するが、大多数が女性を占めているのは否定できない事実である。

 なぜ、ここまで性別が偏ってしまったのかは諸説がある。日本神話に登場するイザナミの影響説、社会的に女性の地位が低かった名残から、女性自体が怨念としてシンボル化してしまった説、またはJホラーブームによって悪霊が女性の姿として固定されてしまった説等、考えられる要因は山のようにある。恐らく、これらの説は間違っておらず、概ね正しいだろう。

 それらの事情を考慮すると■■山に出没する青い女――彼女もまた、例外ではないはずなのだ。

 青い服という他ではあまり見ない容姿だが、女性型という以上、何らかの創作の影響を受けている可能性は非常に高い。その元ネタを特定すれば、AIが作り出した虚像の正体を掴めるかもしれない。そう佐々木は思っている――私と大体同じ考えだ。


「で、先輩はどうなんですか。信じてます? 幽霊」

「……まあ、いてほしいとは思っている」

「あれ? ってことは……もしかして、いない寄りの考えですか?」

「……そうなるかな」


 確かに、この手のホラーという分野は大好物だ。しかし、霊的存在が実在するのかと問われると、素直にYESと答えることはできない。

 その最大の理由としては――私自身も実際に霊を目撃したことがないことが挙げられる。現代の若者らしく、やはり、私もどこか科学信仰に偏っている部分があるのだ。現実にこの目で確認していないものを事実として受け入れることに拒否反応が出てしまう。

 また、メディアに登場する霊能力者の存在も一因として関わっているかもしれない。非常に失礼な言い回しだが……彼ら、彼女らはどこか胡散臭く〝インチキ〟っぽく見えてしまう。無論、全てがそうだと断言するつもりはない。だが、それでも自分には特別な力があると騙り、金銭を巻き上げているインチキ霊能力者が大半だと私は認識している。

 このイメージの起源も、メディアで報道されている悪徳な霊感商法に影響されているかもしれないが、どちらにしても、霊的存在というのは人を騙すという分野においてはこれ以上にない「道具」なのだ。霊を利用して金儲けをしている連中がいるのは事実であり、それらの輩のせいで霊能力者を自称する者に嫌悪感を持つのはごく自然な感情だろう。


 ただ、再三になるがオカルトの全てを頭ごなしに否定するわけではない。私はまだ二十年と数年しか生きていない若輩者。この世界にはまだまだ私の知り得ていない経験や知識は大量にある。実際に、心霊番組や雑誌を製作し、界隈に数十年近く在籍している者の中では霊の存在を確信しており、目の前で不可解な現象を何度も目撃したことがあるという(まあ、彼らの商売上はそう発言した方が都合がいいという点は置いておく)。

 そのようなことを考慮すると、私はまだ、超常的な存在に遭遇していないだけなのだ。

 ■■山に出没する青い女。もしかしたら……私にとって、彼女がファーストコンタクトになり得る存在かもしれない。


……

…………

………………


 これまで、私は実際に霊を目撃したことがないと発言したが、実のところ全く心当たりがないわけではない。

 私は父を七年前に亡くしている。父の死因は肺がん、よく煙草を吸う人だった。数年間の闘病生活を送っていたが、最後は物言わずに病院のベッドの上で痙攣を繰り返しながらこの世を去った。当時は思春期ということもあり、父との関係は良好とは言えなかったが……初めて経験した親の死という現実は私に重くのしかかり、その日の夜は静かに泣いた。


 しかしその日、同時に妙な夢を見た。


 夢の内容はこうだ。私はいつもと同じように、リビングでテレビを見ていた。ふと、背後を振り返ると、風呂場からシャワーを浴びる音が聞こえ、明かりが漏れている。私は風呂場に近付き、扉を開けた。

 そこにいたのは――先日亡くなった父だった。父は何事もなかったかのように風呂上りの濡れた体をタオルで拭いていた。私は直感した。これは現実ではない、夢だと。そして、父とこのような会話を交えた。


「お父さん。何やってるの」

「何って?」

「いや、お父さん。もう死んだんだよ」

「…………そうか」


 父は何かを思い出したかのような、寂しそうな表情を浮かべていた。そこで、目が覚めた。印象的な夢だったということもあり、今でも記憶に残っている。

 ただ、この体験が不可思議なものだったのかと問われると……疑問が残る。夢は普段の生活で起きた出来事の情報を脳が整理し、映像化したものだと言われている。父の死という強烈な出来事が夢にも影響を及ぼした結果だと言われると返す言葉もなく、事実、私もそう認識している。確かに、奇妙な夢だったが、それまでの話だ。夢は夢、現実ではない。私はまだ、霊的存在に遭遇したことがない。


 その、はずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る