『異界』(●●出版より)

 「境界線」という言葉を聞いて、皆様はどのような場所を思い浮かべるだろうか。国境、県境、市町村――いや、更に小規模に絞り込める。貴方は今、どこでこの本を読んでいるだろうか。もし、何らかの建築物内ならば、窓の外を眺めてほしい。そこには何があるだろうか。当然、何らかの風景が広がっているはずだ。そう、目の前にある窓こそが、外界との境界線になっているのだ。

 古来より、境界線は異界と繋がっていると解釈されており、更に異界には異形の者が潜んでいるという。水辺に幽霊が寄ってくるという逸話を耳にしたことがないだろうか。家の中では水がある場所というものは最も身近な境界線であり、潜在的な恐怖を人々は抱いてしまう。家の浴槽や便所といった場所は共有の場ではなく、孤独な空間だ。それに、どこか薄暗く、不安を覚えてしまう。海や川はどうだろうか。水は生命に恵みを与えるが、激流は死をもたらす存在でもある。この畏怖にも近い感情によって、水辺を恐れる伝承が発生したのかもしれない。

 また、日本は山に関する伝承が非常に多くみられる。古来の人々にとって、山は特に身近であり、象徴的な異界の一つだったのだ。

 山は様々な動植物が住み着き、人々に恩恵を与えるが、一方では橋、坂、峠、水辺など境界線も数多く存在する。これは筆者の個人的な見解が入るが、恐らく、山に対する感情は過去現在において、そこまで差がないのではないだろうか。

 どれだけ文明が発展しても、人間が用意できる程度の装備は大いなる自然の前では誤差でしかないのだ。つまり、山の前では現代人でも数百年前の時代へと還ることになる。情報化した社会において、これだけ平等な場所は中々ないだろう。現代でもその身一つで山に挑む者が絶えないのは――こうした機会を得るための貴重な場を本能的に求めているからかもしれない。


 例えそれが、時に人の命を奪う異界であっても。  

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