『山で起こった不思議な話』(■■文庫より)
今から数十年近く前の話。佐藤さんは■■山で不思議な体験をしたという。佐藤さんはきのこを採取するために、山に訪れていた。いつも通り、ある程度のきのこを取り終え、下山していたところ――奇妙なものを山道で発見した。
「ん……? なんだあれ」
数十メートル先に――何か、山では見慣れないカラフルな色彩の物体が浮かんでいたのだ。色は青。大きさはバスケットボールサイズで、最初は風船かと思ったそうだ。
しかし、よくよく観察すると、風船にしては少しおかしい。球体よりも縦長の形状であり、太陽に反射して煌めいていた。
恐る恐る、距離を縮めて、その物体を観察する。やはり、風船ではない。それは――炎だった。
狐火だ……佐藤さんは直感したという。話には聞いたことがあった。■■山は時折、狐火が見られると。しかし、十年以上も山に通っていた佐藤さんだったが、本物の狐火を目撃したのはこれが初めてだった。
そこで、彼は記念として、手持ちのインスタントカメラで撮影しようとした。パシャリとシャッターを切ると――炎はその場で散ってしまったという。
「それが、この時の写真なんですよ」
今でもその時に撮った写真は残しているそうだ。今回の取材では特別に、その写真を見せてもらうことができた。
「あれ? 何も写ってないじゃないですか」
「そうなんですよ。確かに、あの時は写ってたはずなんですけど……写真には何も残ってないんです」
佐藤さんが撮影した写真には狐火はどこにもおらず、ただ森の木々だけが写し出されていた。
「今思うと、私、本当に狐火を見たんですかねぇ。あの時は日差しが強かったってこともあって、何か見間違いをしてたかもしれないです」
果たして、彼は本当に狐火を目撃したのか、それとも白昼夢でも見ていたのか。今となっては誰にも分からない。
*
「狐火なんてのはな。全部迷信だよ」
そう言うのはベテラン猟師である遠藤さんだ。彼は半世紀近く山で狩猟を続けており、熊も数え切れないほど仕留めてきたという。
「あれはヤマドリとか蛍だよ。それを素人が見間違えて、火の玉と勘違いしてるんだ。その証拠に、俺は一度も見たことがねぇ」
「何か他に、不思議なものとかも見たことがないんですか?」
「ねえな。大体、そういうのは見間違いで説明できるんだ。あんまり山に入り慣れてないやつが騒いでるんだよ」
狐火ヤマドリ説は全国的に有力な説の一つである。ヤマドリが羽ばたくことで体毛が静電気を発し、その光を炎と勘違いしているのではないか。また、朝日や夕焼けの太陽光が反射しているという話も聞く。
確かに、理屈は通っているのだが――私としては少し疑問が残る。
話を聞くと、狐火をヤマドリだと主張する人には何人も出会うのだが、実際にヤマドリが光っている現場を目撃した者は一人もいないのだ。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という有名な句がある。これは幽霊だと思っていたものが、ただの揺れる草木だったというものなのだが、そもそも幽霊自体を目撃することもなく、枯れ尾花として認定している者も多いのではないだろうか。
山では時折、常識を超越した現象を目にすることがある。それらの全てを怪異として認識してしまった結果が、膨大な数の幽霊、妖怪、伝説を残すことになってしまったのは否定できない事実だろう。しかし、行き過ぎた科学信仰もまた、架空の存在をでっちあげる手段として使われているとさえ感じる。結局、超常的な存在と、科学という言葉はそこまで差異はないのかもしれない。重要なのは証明可能かどうか。その中間に存在する曖昧な〝モノ〟こそが――私たちが恐れ、敬っている存在の正体なのではないだろうか。
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