三、『突き付けられたのは、己の立脚点』その2

 何処も彼処も、その話題で持ちきりだ。



 世界はいずれ滅亡する。



 誰が言い出したか知らないが、とにかくテレビも雑誌もそんな話題で盛り上がっている。

 正直、誰も信じていない。信じていたら、こんなに大騒ぎになっていない。例えるなら、真夏の心霊特番か。ちょっとした非日常感を味わえるから、みんなお祭り騒ぎに乗っかっている。


 だが。

 今僕は、ちょっぴり世界滅亡ソイツを信じかけていた。


 別に、あの純白の吸血鬼や〝夜〟は関係ない。

 この状況。


「・・・・・・ごめんね、折角の休日に付き合わせちゃって」


 隣には、茂里もり 羅慈亜らじあ

 私服である。いつものクソダサいセーラー服ではない。あの芋っぽい制服を纏っていても可憐なのに、水色のワンピースなんて着てしまったら可憐さを示すステータスバーが優に255を超えてブッ壊れてしまう。


「良いよ、別に。僕も丁度暇だったから。結構面白かったしね」

「良かった。映画館ってさ、何か一人で入るの怖かったんだよね。あ、お金は気にしないで良いからね。アレ、新聞屋さんから貰ったタダ券だから」


 むしろ金を払いたいのは、こっちの方だ。

 いや、どんなに札束を積んだ所で、こんな幸運な状況は二度と訪れない。


 人類みんな、済まない。僕のせいで世界は滅亡する。この超絶幸運の帳尻を合わす為に。


「うちの近くにも、映画館があったら行くの楽なんだけどな」


 羅慈亜はアンモナイトの埋まったモニュメントを撫でながら嘆息した。彼女の提げた白いポシェットが、モニュメントを柔らかく叩く。随分小さいけれど、一体何が入っているんだろうか。


「これから、何処行こっか。流石に映画見て解散ってのは寂し過ぎるでしょ」


 第一デパート、と言い掛けて口を噤む。

 危なかった。いつもと違うんだぞ、今日は。


「南側のマックとか?」

「・・・・・・あれだけポップコーン食べたばかりで?」

「無理・・・・・・だな、流石に」


 僕は塩気と油が残った舌で答える。

 食べ盛りとはいえ、流石に限度というモノがある。


「でも、あんまり行く所ないんだよな・・・・・・」

 僕は上を見上げた。真新しいモノレールが、滑るように通り過ぎていく。


「大きい街だけれど、遊ぶとなると不便な街だ」

「普段はどんな所で遊んでいるの?」

「渋谷とか吉祥寺、あと新宿」

「へぇ、結構都心行くんだ。意外」

「市内で完結出来るなら、そっちの方が楽なんだけどね」


 良く行く模型屋は、品揃えは割と良い方だ。というか、この辺では一番良いんじゃないだろうか。未だにギルベイダーが普通に置いてある店を僕はあそこ以外知らない。

 しかし、B-CLUBや海洋堂みたいなガレージキットは、都心まで行かないとなかなか良いモノに出会えない。エアガンもそうだ。東京マルイも良いけれど、僕はマグナブローバックが好きなのだ。


「そこで何してるの?」

「主にショッピング」


 嘘は言っていない。

 こういう趣味は紳士の嗜みだ。無闇矢鱈むやみやたらと一般人に開示しないのもマナーである。


「羅慈亜は休日はどんな事を?」

「主に部活。部活のない日は、こうやって友達と映画に行ったりしてるかな。で、その後は買い物」

「じゃあ、この後も買い物に?」


 僕の問いに羅慈亜は可愛らしく笑った。

 カメラで撮って、永久保存したいレベルだ。

 しかし残念ながら、手元にあるのは携帯のみ。

 写メのショボい画質が恨めしい。


「女の子同士だからね、買い物は。主に洋服。つまらないと思うよ、男の子は」

「そうだね、僕には分からない世界だから」

「・・・・・・・・・・・・」

「え?」


 急に半眼になった羅慈亜に、僕はたじろぐ。


「そういう時は〝俺が選んでやるよ〟じゃないの?」

「そういうモノなの・・・・・・ですか?」


 上目遣いで顔を覗き込まれる。

 思わず敬語になる僕。


「さあ、実際は分からない。漫画とかドラマだと定番だけど、男の子と遊ぶのって今日が初めてだから」

「初めて――――」


 そういえば、僕も初めてな気がする。

 中一ぐらいまでは男女混ざって遊んでいたけれど、いつの間にか自然と別々になっていった。高校に入ってからは、そもそも友人と呼べる存在すら居ない。


 いつからだっけ。

 何か〝友人〟という言葉が、とても重たくなったのは。


「あ、変な事想像した?」

「いや、別に」


 僕は適当にはぐらかす。

 そんな僕が照れたと思ったのか、羅慈亜は悪戯っぽく笑って距離を詰めた。


「・・・・・・こういう遣り取りしているとさ、」


 ぴょんと飛んで、そっと僕へ耳打ちする。



「ちょっと、デートっぽいよね」



 数分前の僕なら、舞い上がるシチュエーションだっただろう。きっと身体が灰になって、そのまま成仏したに違いない。


「うん・・・・・・そうかも」


 けれど今の僕には重たくて、舞い上がる事が出来なかった。

 飛べない僕と、飛んだ彼女。

 彼女の履いた白いパンプスの鈍いヒール音が、甘い言葉の代わりに耳元で残響していた。


 まるで、終末を告げる鐘のように。

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