第三章『突き付けられたのは、己の立脚点』
三、『突き付けられたのは、己の立脚点』その1
「――君達の種族は常に〝血〟に縛られている」
愉しげな声音が白い部屋に響く。
「血を使い血を喰らい、そして血で繋がっている。これはもう、呪いの領域だよ」
麦わら帽子を被った女だった。
帽子の鍔が広く、顔が見えない。しかし女の赤い口と長く赤い髪はよく見えた。
赤。それも落葉の赤。たっぷりと死を孕んだ赤色は、メスシリンダーの中で踊る血の色と対極的。
「勿論、生物が血に縛れているのは至極当たり前の事だ。極論を言ってしまえば、生物とは血液を運ぶ器だからね。だが、君達は余りにも〝血〟に支配されている」
ほら、と女はフラスコを持ち上げた。
生を含んだ赤色が、白い目盛りの境を
「欲しいだろう? 君を捕獲してから三日は経った。そろそろ限界なのではないかね?」
それとも、と女は人差し指を伸ばす。
指先には、鋭利な刃物を思わせる乳白色の犬歯。女はそれを研ぎ立てのナイフの具合を確認するように、指の腹で愛しく撫でた。
「直接、ぼくの首筋からが良いのかい?」
犬歯の主は答えない。
否、答えられない。主たる少女は手術台の上で四肢を固定され、口腔には開口具が填め込まれている。現在意思疎通を図れるモノは涙を溜めた双眼だけで、それは女へ殺意に濡れながら憎悪となって穿たれていた。
「悪い子だ。この開口具、ヒヒイロチウム製だぞ? それがこんなにも変形している。出鱈目にも程があるよ」
女は赤い口を薄らと開いて嗤うと、フラスコを傾ける。流し込まれた血に少女が数度嘔吐くや、麦わら帽子の女の貌は一層愉快なモノになった。
「我慢しなくて良い、食事は大切だ。また世界を巡って捕まえるのも面倒だし、ここで死なれては困るんだよ」
何せ、と女は少女の掌へ銀製のメスを突き立てる。
バイタルサイン・モニターが激しく脈打つ。白い部屋に沸騰した鮮血が舞い、絶叫の代わりに開口具が激しく軋んだ。
「君は不死ではないのだから」
十字架。
聖水。
銀製品。
杭。
ブラックライト。
ニンニク。
有りと有らゆる〝弱点〟が並べられた机。乱雑な配置は、それらが全て使用された事を意味していた。
「君達は本当に面白い。妖怪だろうと妖精だろうと、本来は
魔法は作れないからね、麦わら帽子の女はくつくつと嗤う。
魔法は発見するモノだから、と。
「だからぼくはアプローチを変えた。作れないのであれば、作り替えればいい。河を遡上して水源を目指せばいい。一つの河では水源に辿り着くのは難しいだろう。ならば河を――――〝弱点〟を沢山持っている存在の方が相応しい」
メスを引き抜く。
銀の熱によってブレードへ焼き付いた血が、虚空ではらはらと灰燼に帰した。
「要するにぼくが欲しいのは、ニンニクで死に、十字架で死に、陽光で死に、水に入ると死に、杭を心臓に打ち込まれると死に、銀の弾丸を受けると死に、首を切断されると死に、塩漬けにされると死に、燃やされると死に――――そんな、クソの役にも立たないカスレアのような存在だ」
謂わば、とメスを掲げる。
「最弱の吸血鬼」
磨き上げられたブレードに、少女が映る事はなかった。
「何も悲観する事はない。最弱という事は、君の種族が持つ全ての特性を備えている事と同義。これ程理想的な個体はない。後は君の〝血〟の河を辿って、水源に行き着けば良いのだ。果実の皮を捲るように、一つ一つ弱点を剥いでいく」
そうすれば、やがて帳から姿を現す。
〈
「あの爬虫類を完全に殺すには、ちょっとやそっと人から外れた程度では荷が重い。武器が居る。竜退治の剣だ。君は、その為の剣。幾ら世界の外側で気持ちよさそうに翼を広げている爬虫類だろうとも、
麦わら帽子の女は声を殺して笑った。
その様を思い描きながら。
「今は最弱、言うなればなまくらだ。だが、炉に放り込んで鍛え直せば最強となる。最強の吸血鬼――――外連味のある稚拙な表現だが、まあ
さて、と女は無影灯の位置を調整する。
その強い光源は、陽光のように四肢を拘束された少女の白い身体を焼いた。
「
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