二、『知ったのは、世界の夜』その2

 レジメントとは、要するに〝不良グループ〟をちょっと格好良く言い換えただけである。


 所詮は不良が集まっただけの組織なので、ヤクザのように立派な事務所を構えている訳ではない。それが〈三角定規〉発見を遅らせている最大の原因なのだが、まあ群れたくてわざわざ集まった連中だ。事務所はないが、たむろっている場所はある。


 例えばファミレス、例えば空き地、そんな所を許可など取らず勝手に占有して、他人の迷惑など顧みず騒音をばら撒きながら我が物顔で使っているのだ。


「・・・・・・ま、僕も言えた義理じゃあないけれど」


 あの中庭の使用許可など、取っていない。

 もっとも、僕は在校生なのだから連中とはちょっと違うと思うが。


『――しかしまあ、凄え所だな』

「僕もそう思う」

 辺りを見回し、僕は肩を竦めた。


 此所は所謂いわゆる、ゲームセンターである。

 それもちょいと、曰く付きのゲームセンターだ。

 ゲームセンターは、不良の溜まり場として定番の施設である。その為、施設内を地元の中学や高校の生活指導の先生達が獣のように徘徊している。下手すると、不良よりも先生の方が危険だ。だが、このゲームセンターに教師の気配はない。


 当たり前だ。

 誰だって、命が惜しい。

 それも、安月給なら尚更だ。


倫敦ロンドン阿片窟あへんくつの方が幾ばくかマシかもしれない有様だ』

「ダウナー系だもんな、阿片」

 僕は嘆息する。


 コイツらは、

 ゲームセンターなのに筐体で遊ばず、身体を動かして遊んでいるのだから。


 轟音が響く。

 自販機にもたれ掛かってジンジャーエールを啜る僕の目の前、ミカンみたいな髪色をした男が空を飛んでから地面に叩き付けられた。打ち所が悪かったのだろう、左手が変な方向に曲がっている。


 その奥では、かちどきの咆哮を上げる金髪の男。金髪に賭けた万札が宙を飛び、スッた負け犬達が目を血走らせながら倒れたミカン髪へ駆け寄って、思い思いの感情を拳に乗せていた。

 あのまま殴り続けられ踏まれ続ければ、生まれたての子鹿みたいになってるミカン髪はいずれ死ぬだろう。だが誰も止める奴は居ない。日常茶飯事だ。


「そうだよな、まあ・・・・・・こういうのが普通だよな」


 鉄パイプとか自転車のチェーンとか、後は精々ナイフ。不良の喧嘩はそんなもんだ。MP5なんて普通は使わない。


「可能性を考えて久し振りに来てみたけど、まあこんなもんだ。多分、空振りだよ」

『まだ分からない。しばらく居てくれ』

「了解」


 僕は左の耳たぶへ軽く触れる。シルバーのピアス。此所から天華てんげの声が聞こえ、中央の小さなサファイアを通して彼女はこの光景を見ているらしい。

 実に魔法っぽいアイテムだが、何かショボい。せめて装備すれば能力が上がるヤツが欲しかった。


『文句を言うな。いちいちお前のプリペイドPHSで連絡を取っていたら怪しまれるだろう』

「電話代も馬鹿にならないしね」


 こんな探偵ごっこで、土下座までして手に入れた貴重な電話を消費したくない。

 何の気なしに向けた視線の先、ミカン髪の男が茶色い汁を吹いていた。

 何かバッタっぽくて気持ち悪い。


「流石に救急車かな」


 此所に優しい人が居れば、だけれど。


 僕は時間を潰すべく、適当に遊べる筐体を探した。フロアで列を成すミディタイプ筐体。白かったボディは貼り付けられたガムで黒い水玉模様になり、対戦に負けた腹いせに叩き割られた画面は色が散っている。灰皿の代わりに使っているから、ボタンやレバーなんて吸い殻を押し込まれてグラグラだ。散々酷使されたその様は、なかなか忍びない。


 別に物を大切にしろとは思わないが、最低限常識的な使い方をしろよとは思う。ゲームやらねぇなら、ゲームセンターに来るんじゃねぇ。


「・・・・・・まあ、そもそもゲームやりに来てる奴の方が少数派だからな」


 来店理由の大体は喧嘩目的である。さっきの金髪とミカンの試合のように、マッチメイカーが組んで割と結構な金額が動く。ゲームで遊んでも時間とお金を消費するだけだが、これなら運が良ければ普通のバイトカツアゲよりも稼げる。


 ・・・・・・そういう夢を見た奴は、大体こんな感じになるけれど。

 僕はミカン髪を一瞥する。そろそろ本気でヤバそうだ。


「流石に呼んでやるか」


 武士の情けというものである。僕はポケットからダサい水色のPHSを取り出し、119を入力しようと親指を動かす。


『――おい』

「止めるなよ。こんな所で死なれれば、寝覚めが悪くなるだろ」

『そうじゃない、見ろ。十時の方角』

「!?」


 靴音が響いた。樹脂特有のブレーキ音のような靴音が、フロア全体を稲妻のように駆け巡る。


「軍人・・・・・・?」


 場末のゲームセンターには似付かわしくない男だった。身長は優に百九十を超えているだろう。オリーブグリーンのジャケットに、同じ柄のカーゴパンツ。刈り込んだ髪と黒いベレー帽が一体化している。


 ただの痛いコスプレ野郎ではない。ジャケットからはみ出した筋肉は、使い込まれた武器のように小さな傷が刻まれていた。


少佐MAJ・・・・・・マジだ、本物だ」

 先程雄叫びを上げていた金髪が、熱の籠もったか細い声で男を呼ぶ。〝少佐〟と呼ばれた男は眉をひそめ双眼を剣呑に細めた。


「貴様は我が隊の人間ではないだろう」

「いや・・・・・・ですが、尊敬してるんです。ホーネットワムズって超凄えなって。俺もいつか少佐MAJの隊に――」

「そうか、入隊希望者か」

 少佐は金髪の肩を強く掴むと、連行するように金髪と群衆を分け入った。


「ならテストをしてやろう」

「!?」


 引き金トリガーを引く。少佐の左側に居た少女が、腹を押さえて膝から崩れ落ちた。ザワつく観衆。何が起きたか理解出来ない様子の金髪に対し、拳銃を構えた少佐は凍て付く瞳で睥睨へいげいする。


「初心者向けに手負いにしてやった。得物は何でもいい、そいつを殺せ」

「え・・・・・・えぇッ!?」

「何なら、俺の1911コイツを貸してやってもいい。どうした、早くしろ。適当に腹部を撃ち抜いたから、いつ死ぬか俺でも分からん」

「あ・・・・・・はい、じゃあ遠慮なく」


 金髪は男から黒い拳銃を受け取ると、それをぎこちなく両手で構えた。

 少女は金髪を見上げ、命乞いをするように唇を動かす。シャツは撃たれた穴が分からないぐらい、ぐっしょりと赤く濡れている。


「あ・・・・・・えっと――」


 金髪は二度喉を鳴らし、四回引き金トリガーを引いた。

 糸が切れたように少女のが地面に沈むと、フロア中に歓声が響き渡った。最初は青ざめていた金髪だったが、その歓声を聞いて直ぐに血色が戻る。


「合格だ。おめでとう」


 少佐はまばらに手を叩き、金髪が差し出した拳銃の返却を制す。


「それは君へ進呈しよう。今日という日の記念だ、大切にしたまえ」

「あ・・・・・・ありがとっございますッ!!」

「早速だが、お前に任務を与える。励めよ」

「りょ、了解っす!!」

 うわずった声で敬礼する金髪から興味を失い、少佐は再び威圧感のある靴音を響かせた。


「余興はこれぐらいにして、そろそろ本題に入ろう」


 未だ熱を帯びる群衆を掻き分け、ぴたりと立ち止まる。


国谷くにたに たけしだな?」

「あ・・・・・・ご無沙汰してます、少佐MAJ

 国谷 士なる青髪の男は、少佐の顔を見上げるなり青ざめた貌で会釈した。


「えと・・・・・・なんす・・・・・・何でしょうか?」

「お前のについてだ」

「いや・・・・・・すんません、勝手にホーネットワムズの看板ナマエ使って。えと・・・・・・金はそっちの言い値で――」

「別に構わん」


 少佐の口から出た言葉は、国谷にとって意外なものであった。安堵の表情が、遠くの僕からでもよく分かる。


「お前の仕事ぶりには、それだけの価値がある。ホーネットワムズの看板など、その価値に比べれば紙クズ同然だ」

 だが、と少佐の目が光る。


「お前が売りさばいていたCD-R、中に入っているギャルゲーで遊ぶとコンピューターがフォーマットされる仕掛けになっていたようだ。お前から購入した俺の部下のコンピューターが駄目になった。顧客データの入った大事なコンピューターだ。どう落とし前を付ける?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そんな大事なコンピューターに、ギャルゲーなんてインストールすんじゃねぇよ。


 僕は思わず突っ込みたくなる。

 症状は恐らく、コピーガードの一種だろう。そんな兇悪なガードは聞いた事ないが、コピー品で遊ぶようなカスにはいい気味だ。さぞ、高い勉強代になった事だろう。これからはちゃんと買え。


「え・・・・・・その、俺が確認した時にはちゃんと――」


 銃声が響く。

 国谷の左手が撃ち抜かれ、穴から溢れた血が床に散った。


「お前が確認した事など、関係ない。俺はお前にを聞いている」

「えと・・・・・・じゃあ、金ですか?」

「払えるのか?」


 痛みを忘れるぐらい、底冷えする声音であった。

 エアコンが壊れたように、店内が急に寒くなる。


「今回被った損失額は、お前がCD-Rに焼いて稼いだ額よりもゼロが数個ほど足りない。お前の総資産で清算出来るような安い額ではないのだ。だが、お前には払って貰わなければならない。そうでなくては、同じく清算した部下に申し訳が立たん」

「どういう――」


 少佐は国谷へ数枚の写真を渡した。何が写っているか、ここからではよく見えない。だがそれを食い入るように見つめていた国谷は、やがて歯を鳴らしてガタガタと震え始めた。


「お前が最後だ、国谷 士。お前の家族と親戚全員、それとお前の臓腑一式で、この件は手打ちにしてやる。本来ならば迷惑料を含めると、お前の彼女とその家族の分も上乗せしたいところだが、それが大佐COLの命令なのだから仕方がない」

「冗談じゃねぇッ!!」


 心底残念がる少佐に対し、国谷は悲鳴に近い叫び声を上げた。


「何で、そんな!? おかしいだろう、普通!!」

?」

 無機質に少佐は首を傾げる。


「ひょっとしてお前は、ホーネットワムズを〝ちょっと御洒落ヤンチャな仲良しグループ〟のように思っていないか? 俺達の組織に属する人間は、此所ゲーセンたむろっているような有象無象とは違う。〝昼〟の定規で〝夜〟を測るな」

 少佐は構えた銀色の銃を一瞥し、それから国谷を睥睨した。


「〝夜〟は〝昼〟よりもずっと自由だ。それこそ、命の価値さえ値崩れする程度にな」


「――御高説、どうもありがとう」


 須臾しゅゆ

 おざなりな拍手が、薄汚い店内に響く。


「良いねぇ、実に良い。自分の力量以上にイキる奴のイキリっぷりを聞くのは最高の娯楽だ」


 新雪のように儚い長髪をなびかせ、地獄を引き連れるようにキーボードケースを担ぐ少女。



「それが雑魚なら、尚更だ」



 暴虐の白――――天華は、その二つ名に相応しい貌で嗤った。

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