第二章『知ったのは、世界の夜』
二、『知ったのは、世界の夜』その1
・・・・・・という夢を見た。
なんて感じで、夢オチにしたかった。
しかし現実は僕にひたすらに厳しく、昨日のぶっ飛んだ出来事は全て本当に起こった事だった。
人が死んだ。
校舎裏で。
豪邸っぽい所で。
しかしテレビはそんな事を一切報じず、学校も昨日と同じくつまらない毎日が流れている。
――そりゃお前、当たり前だろう。〝夜〟だからな。
自称吸血鬼は、肩を竦めて語る。
曰く、世界は〝昼〟と〝夜〟に別れている。それは別に時間的な区分ではないらしい。昔々、この国では〝座〟という集まりがあったという。何時の頃からか、大工など表稼業の座を〝昼座〟、盗賊など裏稼業の座を〝夜座〟と称した。時は流れて現代、昼座が廃れた今でも裏社会の奥底では夜座が蔓延っており、人知れず碌でもない事をやらかしているそうだ。
〝夜〟の出来事が〝昼〟に漏れ出す事は基本的にない。夜陰に乗じて処理され、表沙汰になる事はない。どういう仕組みか尋ねたが、正直僕には理解出来なかった。
――まあ、とにかく。安心しな。
鉄パイプを握る僕へ、天華は愉しげな視線を向ける。
そいつを使ってブッ殺しても、罪には問われない。司法は基本的に〝夜〟へ干渉しないからだ。
だから好きに殺しな、と。
「――物騒にも程があるだろう」
カップの豚骨ラーメン(大盛)を啜り、僕は独り言つ。
昼休み、自分の教室。昼食はいつも例の中庭で摂っていたが、流石に昨日の今日で向かう勇気はない。というか、普通なら凄惨な殺人現場を思い出して食欲がなくなるレベルである。一応、これでも僕はそこそこ動揺している。それでも日に三回以上腹が鳴るのは、成長期が成せる業であった。
「珍しいね、君が昼時に教室に居るなんて」
「・・・・・・
思わず、思考と箸が止まる。
「茂里さん、なんてちょっとがっかりだな。ちゃんと
「・・・・・・・・・・・・・・・」
マジかよ。
そんな事、いつ言われた?
だって、茂里 羅慈亜だぞ。学年で一番の美少女。定規で測ったように真っ直ぐ伸びた長い黒髪、分度器で定められた肩幅、両脚器と見間違う程か細い手足。
まあ、ヒールに関しては錯覚だとは思うけれど。
とにかく、そんな美少女である。僕のような不良が、おいそれと口を利いて良い存在ではない。
「おっきいカップ麺だね。男子は皆食べてるけど、美味しいの?」
「質より量かな。この量なら、午後を乗り切れる」
「兵隊みたいな言い草だね」
羅慈亜はクスリと笑った。同時、彼女の唇がぷっくりと浮かび上がる。どんな感触なのだろう、そんな気持ち悪い思考が脳裏に
「茂里さ・・・・・・羅慈亜は、昼は何を?」
「わたしはコレだよ」
コンビニの袋を揺らす。白い袋が透けて、サンドイッチとメロンパンが入っているのが分かった。
「ホントはさ、学食で食べたいんだよね。何か、青春って感じがするから」
「うちの高校、学食ないもんな。購買部はあるけど、すぐ売り切れるから大抵はコンビニだ」
僕はコンビニの方が好きだけれど、と付け加える。
コンビニじゃないと売っていないんだ、このカップ麺。
「でも僕、学食は嫌だな」
「どうして?」
「ああいう食堂って長机や丸机だろう? 一人で食べると、ちょっと気まずいじゃん」
僕の発言に、羅慈亜は眼をぱちくりさせた。可愛い。それから鈴が転がるように笑う。
「君、怖そうな見た目なのに、そんな事を気にするの?」
「そりゃあ、気にするだろう。皆友人達と一緒に食べに来てるのに、僕がそこで食べていたら全員座れないかもしれないんだぞ」
「一人で食べる前提なんだ」
「そりゃ・・・・・・まあ、うん」
「じゃあ、一緒に食べようよ」
「え――――」
ずいっと、羅慈亜は僕と距離を詰める。
顔、近い。サラサラの毛先が、僕の顔に当たって良い匂いがする。
「あ、ごめん。嫌だったら断ってもいいんだよ」
「いや、そういう訳じゃない。あんまりにも突然で、ちょっとびっくりしたんだ」
だって彼女は、僕と住む世界が違う。
茂里 羅慈亜は交友関係が広く、校内に
そんな彼女が、僕と昼食を?
夢じゃなかろうか。
「うん、じゃあ今度ね」
「今度?」
「今日は
羅慈亜の視線の先、開けっぱなしの扉の向こうで、隣のクラスの女子達が彼女に向けて手を振っている。
ま・・・・・・そうだよな。
「じゃあね。話せて楽しかったよ」
「こちらこそ」
くるりと踵を返し、羅慈亜は僕へ向けて振り返った。
「この次、一緒に食べようね」
はにかむように笑うと、彼女は扉の向こう側へ消えていく。
「・・・・・・こういうのも、たまには良いな」
昨日、人が死んだ。
僕の目の前で、焼き殺されたり、蜂の巣になったり、挽肉になったり、人生の許容量五回分の死を一日で体験した。
きっと僕は日常には戻れない――そんな事さえ、薄らと思っている。嫌な話だが、あの自称吸血鬼に
多分〝夜〟と関わるという事は、そういう事なのだろう。
それなのに僕は、教室の隅っこでカップ麺を啜り、憧れの女の子に声を掛けて貰って舞い上がっている。
滑稽だ。
でも、大切な事だ。
「昼飯・・・・・・一緒に食べられるまでは、死ねねぇな」
我ながら、単純な奴だ。
そんなセコい理由で〝夜〟を歩く奴なんて、僕ぐらいのモノだろう。
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