二、『知ったのは、世界の夜』その3

 茂里もり 羅慈亜らじあは大きく息を吸い込み、二度吐いた。

 紺色のキャップを脱いで縛った髪を解き、頭を振るって手櫛で砂と埃を払う。


「お疲れー」

「今日は疲れたね、本当」

 級友に笑い掛け、茂里はグラウンドへ視線を向ける。

 時刻は十七時を過ぎたばかり。ソフトボール部の部員達は、各々グラウンドの片付けを行っていた。


「特に試合前って訳じゃないのに、部長がやたらと張り切ってたからね。千本ノックなんて、今時野球でもやらないよ。実際には二百ちょっとだったけれど」

「アレ、振られたせいらしいよ」

「マジか」

「多分、あの調子だと今週ずっとあんな感じかも」

「マジかー」

 茂里はげんなりと言葉を吐き出す。


「振られたといえば、羅慈亜も振ったらしいじゃん。昼休みに。今月何人目よ?」

「え、数えていない」

「そういうナチュラルな返し、地味に腹立つな・・・・・・」

 級友はぼやくと、グラウンドに転がっていたボールを一つ拾い上げた。


「でも実際、誰かと付き合ったりしない訳? アンタの周り、浮いた話皆無なんだけど」

「別に、興味がないって訳じゃないんだけどね」困った貌で茂里は笑った。「なんていうか、現実感がないんだよ。告白して付き合って、それからどうするかって。そりゃあ、キスとかエッチするって事ぐらいは知ってるけど、だからどうしたっていうかさ・・・・・・」

「・・・・・・アンタの脳みそがお花畑で、シナプスの代わりにチョウチョが飛んでるのがよく分かった」

 級友は肩を竦める。


「そういうのは結果なのよ、結果。告白して付き合ってなんて段階踏んでる奴、基本フィクションか直ぐに別れる奴だから。世のカップルはなんとなく一緒に居て、気が付いたら何か付き合ってたってのが大半よ」

「へぇ、そういうものなんだ」

「そういうモノなんです」

「詳しいんだね」

「おうおう、〝彼氏居ない歴イコール年齢のくせに〟って表情すんな。はっ倒すぞ」

「ごめんごめん」

 級友が適当に振り上げた拳を雑に受け止め、茂里は笑う。それからふと思い出したように天を仰いだ。


「あ、居た。そういう男の子」

「誰!?」


 級友は露骨に目を輝かせた。

 茂里は気圧されながら、辿々しく記憶の糸を手繰る。


「わたしのクラスの・・・・・・ええっと、名前出てこない。あの、窓際の席、端っこに居る人」

「ああ、あの根暗。不良っぽく振る舞ってるけど、空振りしてる残念な奴」

「そうそう。この前、その子と昼休みに話してみたんだ」

「え、何、向こうから話し掛けられたの? キショッ」

「いや、わたしから」

「何、その無駄な慈善活動は」

「そういうのじゃないよ。前から少し、彼の事興味あったんだ。だってさ、休み時間とかになると直ぐどっか行っちゃうんだよ。それなのに授業が始まる一分前には着席してる。神出鬼没でさ、怪盗みたいで面白いなって」

「怪盗ねえ・・・・・・まあ、アイツ影薄いから泥棒には向いてるかもね」

 おざなりに級友は相槌を打つ。


「で、どうだったのよ?」

「大した話もしてないし、別にどうって事はないよ。ただ、楽しかったなって。機会があればまた話したいなって思っているけど、例によって神出鬼没だから基本的に休み時間には居ないんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「え、何・・・・・・?」

 まじまじと自分を見つめる級友に対し、茂里は顔を引き攣らせる。


「してんじゃん、青春。まあ相手があの根暗ってのがアレだけど、ヘタレっぽそうだから逆に安全か」

「そういうのじゃないって、本当に。違うから」

 でも、と茂里 羅慈亜は両手を激しく振って否定しながら胸中で独り言ちる。


 気にはなっている。

 自分でもそれが何故だか、分からないが。



         ◆◇◆◇◆



 キン、という甲高い金属音が響く。


 〈弱肉強食エクスカニバル〉によって阻まれた跳弾が、観衆の一人を撃ち抜いた。眉間を貫かれ、即死。狂乱渦巻く店内、そこに疑問を持った者は誰も居なかった。

 勿論、僕を含めて。


「――いきなり、攻撃とはな。お前、ソシャゲとかストーリースキップするタイプだろう?」

「ソシャゲが何を指す言葉か知らないが、ゲームであるならばムービーは飛ばす。無駄だからだ」

「つまんねぇプレイだな」

 天華てんげは〈弱肉強食エクスカニバル〉を構え直し、露出する二つの杭を少佐へ向ける。


「効率厨と芋砂は例外なくブチ殺す――――それが、ゲームとゲーム制作者に対する、オレ流の敬意の払い方だ」

 踏み込む。罅割れたタイルが数枚、宙に舞った。


「・・・・・・現代最強の吸血鬼と聞いていたが」

 少佐は天華の重い一撃を去なし、構えた拳銃の引き金トリガーに力を込める。


「猪突猛進の小娘ではないか。これでは〝吸血鬼〟の名折れどころか恥曝しだ」

「と、言うと?」

 天華は愉しげに唇を歪めた。それに対し、少佐は歯を見せる。


 牙があった。

 長い犬歯。それはまるで、


うこの俺も、吸血鬼の名を冠していて――――なッ!!」


 吸血鬼。

 夜を歩む、宵闇の帝王。


 遊底が力強く後退し、銃弾が顎を開く。


「下痢のように御高説を尻から垂れた割には、結局テメェもド直球の暴力じゃねぇか。自称同胞ので教えてやるが、そもそも銃は――」


 刹那。

 ぴたりと、天華が不遜な口を噤む。


「!?」


 ぎしり、と不気味な音がした。

 ボロい床が軋んだ音ではない。


「ああ、成る程・・・・・・」


 合点がいった、天華は眼を細めた。

 その視線の先、果てた筈の少女が小刻みに全身を震わせながら立ち上がる。


 音は、負荷が掛かった筋肉や骨が壊れた時のもの。

 少女だけではない。バッタのように黒い液体を吐いていた者や眉間に銃弾を喰らった者、皆ねむりから叩き起こされ次々と生気の無い顔をこちらへ向ける。


「当然と云えば当然、何せ吸血鬼は死者を従えるだからな」

 死者を一瞥し、天華は少佐に視線の切っ先を穿つ。


「だがまあ――――それはよう、タイマンじゃ勝てねぇから兵隊かず揃えたってヘタれているのと同義だぜ?」

「言ってろ」

 天華のあからさまな挑発に乗らず、少佐は弾倉を入れ替えた。


 赤銅色のホローポイント弾から、銀色のフルメタルジャケット弾に変わる。


「貴様を殺せれば、どんな手段でも使おう」

「殺せるかな?」

 天華は長く赤い舌を出す。


「オレは今まで殺された事はねぇし、これから殺される事もねぇんだよ」


 須臾。出した舌を己の歯で切断する。

 血が噴き出し、彼女の周囲に赤い池を作り出した。


「・・・・・・それはでの話だ」

 致死量に近い流血。少佐はそれをつまらなげに眺め、転がった天華の舌を踏み潰す。


「確かに吸血鬼に傷は付けられない」

 少佐は徐にポケットから折り畳みナイフを取り出し、指で弾いてブレードを開く。

「だが、何事にも例外はある」

「!?」


 間髪を入れず、自分の左手にナイフを突き立てた。熱湯に氷を放り込んだように蒸気が噴き出し、飛び散った血飛沫が沸騰しながら蒸発する。


「古来より銀は破邪、その輝きはたとえ不死の吸血鬼さえも絶命させる。そもそも、〝不死〟という表現がナンセンスだ。世界に〝始まった〟以上、無機物だろうが有機物だろうが〝終わり〟は訪れる。崩壊こそ、理の本質。完全なる不死など存在しない」

「――よく廻る舌だな、オレの代わりにブっ切れば良かったぜ」

 不遜な失笑が店内に響く。


「だが吸血鬼じぶんを実験台にするとは、その思い切りは気に入った」

 再生したばかりの舌を廻し、天華は口元の血を拭った。


「その侠気おとこぎに応え、真っ正面からブッ殺してやる。小細工はなしだ」

「使われた覚えがない!!」


 銃弾が躍り、死者が踊る。

 その全てを天華は〈弱肉強食エクスカニバル〉で受け止め、バットをスイングさせるように打ち返した。

 死者に痛覚はない。故に致命傷を負ったとしても、怯む事なく命令を実行する。しかし〈弱肉強食エクスカニバル〉の重い一撃は、動く死者を容易く肉に変えた。


 肉は所詮肉だ。動く事は出来ない。たった一振り、それだけで少佐は手駒を全て失った。


「は――――」


 ように、思えた。

 扉が開け放たれ、ずるりと死者達が現れる。


 不思議に思っていた。幾ら曰く付きのゲーセンとはいえ、これだけの騒ぎ。普通、店員が出てきたり警察に通報するのが普通だろう。

 全員、殺されたのだ。殺されて、動く死者と化したのだ。


少佐MAJ、任務完了しましたっ!」

 死者達の最後尾。血塗れの笑顔を満面に浮かべ、銃を貰って上機嫌な金髪は少佐に手を振った。


「これで俺も正式に隊へ――」

「・・・・・・ああ、そうだな」

 天華へ突き付けていた銃口を金髪へスライドさせる。


「え――――」

「望み通り、入隊を許可しよう」


 銃声。

 反動で仰向けに倒れた金髪は、間髪入れずに起き上がり死者の列へと加わった。


「死者は兵士に適している。訓練を施す必要もなく、逃げ出す事もない。手足が取れた程度では戦闘に支障がないのも、具合が良い」


 観衆が、静まりかえった。

 程度に考えていた連中は、今、自分達もまた少佐の標的である事に気付いたのである。


「お前達は、足止めをしてくれればそれで良い」

 少佐は観衆を既に死者と見做し、抑揚のない声で命じた。

「留めは俺が差す」


――――」


 一人が堪えきれず、声を発する。


!!」

 空回りする足を漕いで、一刻も早く立ち去ろうとエスカレーターの方へ駆けていく。続いて一人、もう一人と、我先に我先にとエスカレーターを目指す。


 誰だって死にたくないんだ。

 さっきまで、人の死に様を娯楽にしていた奴等さえ。


「足止めをしろと・・・・・・命じた筈だが」

 これだから生者は、少佐はつまらなげに嘆息した。


 刹那。

 下るエスカレーターを揺らし、大柄な男が上がってくる。ラジカセのようなノリで棺桶を担ぎ、脇目も振らず逃げ出した連中へ立ち塞がった。


 男は壁であった。逃げた連中の中には百八十超えてる奴も居るのに、全員を見下ろし感情のない濁った双眼で睥睨している。ベルトを全身に巻き付けて服の代わりにした格好をしており、その体格からレスラーかドラマーに思える。もしかしたら、そうだったのかもしれない。


 生前。

 男は、死者であった。

 服型ベルトから露出した継ぎ接ぎだらけの四肢に生気はなく、頭髪は乾燥している。縫い合わされた口からは、吐息が排出される度に蛆が何匹か零れ落ちた。


「ひ――――」

 逃げた一人、男が恐怖に喉を潰す。その瞬間、死者が振り上げた棺桶によって身体も潰れた。


「・・・・・・あまりやりすぎるなよ」

 少佐は死者へ語り掛ける。


「折角の内臓なかみが売れなくなってしまう」

「不良グループが臓器ディーラーごっこかよ」

「その方が効率的に稼げるからだ」

 吐き捨てる天華に対し、少佐はにべもなく答えた。


「レジメント同士の抗争で屍体の山が出来るが、誰もそれを利用しようとは考えなかった。だがきちんとシステムを構築さえすれば、これ程金になる物はない。下らんドラッグやらシンナーを売るよりも、定期的で大きな収入が見込める。何せ、屍体もとでだ」

「更に臓器パーツ取りしたを繋ぎ合わせれば、ああしても作れるって寸法か」

 攻め来る死者を叩き潰し、天華は邪悪に顔を歪める。


「実に吸血鬼らしい陰険さだ」

「同胞、なのだろう? ならば相似だ」

 何せ、と一閃。

 少佐が僕の視界から消える。


「!?」

「お前もこうして、愛玩人間ヴァサルを連れているじゃあないか」

 須臾、僕の眼前に少佐の顔。銃口がぴたりと僕の額に突き付けられた。


「ほう・・・・・・面白い」

「何がですか?」

 僕の返しに、少佐は笑みを浮かべる。


だよ。こうして眼前で死神が頭をもたげているというのに、貴様は微動だにしない。暴力に慣れている素振りではない、欠落しているのだ。吸血鬼に噛まれた者は、吸血鬼に隷属する。その過程で貴様は、人間性を一つ消失させたのだ」

「は・・・・・・はあ」

 僕は天華を一瞥する。奴はこの状況を面白がっているらしく、ゲラゲラ笑っていた。腹立つな、コイツ。


「僕ではない・・・・・・とは、今更言いませんよ。面倒なので。でも僕を殺して、果たしてアイツがショックを受けると本気でお思いで?」

「ないだろうな」

「なら――」

鎖従者ヴァサルならば、死し難いだろう? 再生もする」

「何を・・・・・・」


「――簡単な事だ」


 いまいち理解出来ていない僕に対し、天華が〈弱肉強食エクスカニバル〉と一緒に割って入る。


「そいつ、お前を吊して臓器生産工場にするつもりなんだよ。鎖従者ヴァサルは主が死ねば身体が崩壊するが、別の吸血鬼が新たに契約を結べば助かる。要するに、奴はオレをブッ殺してお前をさらう寸法だ」

「は!?」


 いやいやいや。

 冗談じゃねぇぞ!?

 僕はこの通り、ただの人間だ。心臓でも肝臓でも、取られてしまえば再生なんて出来ない。

 とても・・・・・・いや、非常に困る。


「とんでもないって! 天華、言ってくれよ。僕が普通の――」

「ああ、まったくとんでもねぇ話だ。だが、お陰でテメェは自分の底を晒しちまった。これは重大なミスだ」

 天華は〈弱肉強食エクスカニバル〉を肩に担ぐ。


「お前は名のある吸血鬼シュトリゴンなんかじゃねぇ、単なる下層種ストリゴイだ。故に眷属たる鎖従者ヴァサルを生み出せず、ショボいゾンビを量産してお山の大将気取っている訳だ」


 音。重く空気を切る。

 〈弱肉強食エクスカニバル〉が少佐へ繰り出される前、怪物じみた巨大な死者がそれを阻んだ。


屍体ガラクタの寄せ集めにしては、とんでもねえタフネスだ」

 怪物の腕は拉げ骨が露出し、筋繊維が断裂している。それでも怪物は自身の肉体を崩壊させながら、天華へ歪な拳を繰り出した。

「だがな、屍体は屍体なんだよ。世界が終わって審判が始まるまではな――――」


 或いは。

 天華は怪物を〈弱肉強食エクスカニバル〉で挟んで捻じ切ると、血に染まった白髪を掻き上げ吐露する。


が審判かもしれねぇがな」


 世界は一度終わっているから、と。


「・・・・・・さて」

 ガツン、と床に〈弱肉強食エクスカニバル〉を突き立てる。


「裁縫道具は持ってきたか? 何個か縫い合わせれば、一体くらいはお友達が作れるかもしれねぇぞ」

「ほざけッ!」

 少佐は僕を蹴り飛ばすと、引き金トリガーを引く。


 また弾かれる。

 幾ら破邪であろうとも、当たらなければ意味はない。


「え――――」


 だが、天華は避けなかった。

 地に〈弱肉強食エクスカニバル〉を突き立て、銀弾を迎え撃つように仁王立ちしている。


「お前がオトコを見せたんだ、オレも受けねぇと不公平だよなあ」


 貫かれる。額を一直線。頭蓋を砕き、脳を破壊する。

 しかし。


「な――――」


 天華は生きていた。

 少佐のように蒸気を噴き出す事もなく、巻き戻しをするように額の傷が修復されていく。


「何故・・・・・・」

 不明瞭、少佐は狼狽した。


 彼は吸血鬼である。故に吸血鬼の弱点も熟知していた。だからこそ、彼は畏れたのである。眼前で嗤う存在は、


「エンプーサ、クドラク、アヴァルタハ、ヴィジェスキー・・・・・・吸血鬼伝説ってのは世界中に存在する」

 天華は宣するように朗々と語り始めた。


「それらが全て――――一つの怪物から腑分けされた伝説モノだとしたら、どうだろう? 腑分けされる過程でその怪物は徐々に弱体化し、血を渇望し、日光で灰になり、水を渡る事が出来なくなり、挙げ句招かれないと家にすら入れない程に哀れな存在と化した」

 そして、と血に塗れた銀弾を踏み付ける。


「銀とニンニク、十字架にも弱くなった」

「まさか、貴様は――――」


 少佐は驚愕の表情を浮かべた。

 天華は満足げに歯を見せた。

 鋭い、剣のような歯。少佐のように発達した犬歯ではない。生物には存在し得ない、兵器じみた歯であった。


「伝説によって腑分けされる前、一つの怪物、純然たる力、夜明け前の帳――――〝唯一の始祖プリンキペス〟とは、即ちオレの事だ」

「認められるかッ!!」

 犬歯を打ち鳴らし、少佐が叫ぶ。


「貴様が我らの起源たる〝唯一の始祖プリンキペス〟だと!? 舐めるのも大概にしろ!!」

「勝手に子孫面すんじゃねぇ、。〈三角定規〉から吸血鬼化の魔法を与えられただけのクセによ」

「何を根拠に――――」

「本物の吸血鬼はな、銃は使わねぇんだよ」

 天華は、己に照星が向けられた拳銃を双眼で穿つ。


「嬉しそうにクリックしていた時点で、お前が素人である事は分かった。火薬は魔法を乱す。お前の死者を操る魔法が中途半端だったのはそれが原因だ。本来なら死者躁術の魔法ネクロマンシーは、肉片からでも死者を生成出来る」

 こんな具合に、天華は糸を手繰るような仕草で左手を操る。自分が挽肉に変えた肉から手足が生えて次々と結合し、たちまち人の姿を成した肉へと変容した。


「っ――――――」

「悔しいか? 切り札をこうも容易く上手く真似されて。テメェも後百年くらい頑張れば出来るかもしれないぜ」


 もっとも、と〈弱肉強食エクスカニバル〉を引き抜く。


「お前は、今、死ぬんだけどよ」

「生かして〈三角定規〉の居場所を聞かないのかい?」

「どうせ吐かねぇよ。コイツは雑魚だが、プライドだけは一丁前の吸血鬼だからな」


 眼前。

 全てを看破されても尚、立ち向かう少佐の姿があった。

 怯えていた。死を弄んだコイツですら、死ぬのはやはり怖いらしい。


 それでも立っていた。震える足で。銃を構えて。

 それが、彼の矜持なのだろう。


「――オレに二言はねぇ」


 天華は〈弱肉強食エクスカニバル〉を構え、眼を細める。


「真っ正面からブッ殺してやるよ」


 踏み込む。

 放たれる銃弾。

 それは天華の右目を撃ち抜くが、それでも止まらず。


「覚えておいてやる」


 同時。〈弱肉強食エクスカニバル〉が姿を変える。

 魑魅魍魎を滅する携行型弩弓バリスタ

 戒めを解くように顎が開き、古の文字が彫られた白銀の杭が露出した。


「それが、お前への手向けだ」


 古来より、吸血鬼退治には杭が定石。

 現代を流離さすらう吸血鬼にもまた、それは有効であった。

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