一、『出会ったのは、自称吸血鬼』その3

 マスコミも先生も、皆口を揃えて言う。


 少年犯罪の凶悪化。でも当の少年である僕らの悪行など、精々飲酒喫煙万引程度で凶悪犯罪とやらとは無縁の日々を送っていた。


 しかし眼前。

 目の前に居る連中は、違った。


 MP5である。東京マルイの電動ガンではなく、本物のH&K社製のMP5だ。散らばった薬莢は9×19㎜パラベラム。この前Gunで読んだ通りだ。

 不良が使う喧嘩の道具は、大抵バットかパイプと相場は決まっている。ブン殴っても派手に血が飛ぶだけで、当たり所が悪くない限り死なない。連中が嘯く〝殺してやる〟は〝怪我を負わせてやる〟の比喩であり、決して殺害の意図はない。


 それが、眼前。

 コールサインで呼び合う男達は躊躇ちゅうちょなく引き金トリガーを引いた。


 僕に向けて、というよりは天華てんげへ向けて。


「――此所までばら撒けば、流石に死んだだろう」

 男の言葉と同時、ずるりと天華の屍体が崩れた。


「現代最強の吸血鬼を謳っていた割には、呆気ない最期だったな」

「自称だろ? だがコイツが暴れたせいで、そこの城之崎きのさきを含めて六人喪った。このままではレッドルージュにも舐められる」

、という事か」


 男達の視線が、一斉に僕へ注がれる。

 淡々と、でも底冷えするぐらい凍て付いた眼。これが殺意なのだと、僕は初めて知った。


「・・・・・・なんてな」

「ビビってる、だせー」

 ゲラゲラと男達は笑う。ここだけ切り取れば、サバゲーの一幕にも見えなくない。


「大方、吸血鬼に巻き込まれただろ。在校生らしいし、運が悪かったんだな」

「運悪く・・・・・・消される、とか?」

 僕の発言で、大爆笑が巻き起こる。


 こんなに笑われたのは、小学校の時に鼻から牛乳を噴射した時以来だ。


「消すって、俺達何か隠したい事でもあったか?」

「ないない」

「見られたら殺すって、暗殺者かよ」

「え・・・・・・でも、その、屍体? とか――」

「城之崎やそこの吸血鬼の屍体も、後で掃除屋が処分してくれるだろうし、別に問題ねぇよ」

「え・・・・・・じゃあ、僕は・・・・・・」

「邪魔だから、とっとと行け」

「この事を誰かに喋ったら・・・・・・とか?」

「んな面倒な事するかよ。いいから失せろって」

「あ、はい。ありがとうございます」


 情けないったらありゃしねえ。

 何でレジメント共に会釈とかするんだ、僕は。


 連中が僕を逃がしたのは、決して優しさや仁侠からではない。単純に、奴等にとって僕が取るに足らない存在だからだ。完全に舐められている。

 だけど、そのお陰で命拾いしたのは事実。

 天華には、悪いけれど。


「おい、取りあえず吸血鬼の写真撮っておけよ。証拠にするんだから」

「え、吸血鬼って写真に写るのか?」

「そりゃあ鏡の方・・・・・・あれ、どっちだったろう・・・・・・?」

「っていうかこのデジカメ、今時フロッピーで保存するヤツかよ。せめてスマートメディアSMの使えよ」

「便利じゃん、フロッピー」

「大して保存出来ねえし、時代遅れだよ。これからはMOだ」


「――残念ながら、どっちも時代遅れだ」


 ぐっ、と空気が口から漏れる音が聞こえた。

 振り返ると、フロッピーに特別な思い入れのありそうな男が一人、首を絞められ血泡を吐いている。


「これからはSDカードの時代だぜ」

「!?」


 首を絞めていたのは、天華だった。変わり身の術で丸太と入れ替わった訳ではない。満身創痍。抉れた肉で、露出した骨を軋ませ、眼球の飛び出た双眼で不敵に笑う。


 彼女が使う紐は、自分の腸。男に巻き付いたそれを強く引き絞る度、上皮細胞の裂け目が広がり、絶えず染み出す血と汚物の勢いが増した。


「生きていたか、吸血鬼・・・・・・!」

「面白い事を言うな、お前」

 自分の腸を引き千切り、事切れた男を放り捨てる。


「オレは生まれてこの方、死んだ事がねぇんだよ」

「は? 意味分か――――」

 怪訝な顔をしたまま、男の首が空高く打ち上げられた。


「おい、雑魚共。〝最強〟ってどういう事か分かるか?」

 天華は自分が突き刺したケースを蹴り上げ、強引にロックを解除する。ケースは鞘。己の得物を引き抜き、一閃薙いでから構えた。


 それは、巨大な製図用ディバイダーであった。

 両端から太い針が露出しており、見ようによっては凶器に見えなくもない。だが、製図用ディバイダーである。購買部とかで普通に買えるである。そもそもディバイダーを武器として使っていいのは、ガンダムXだけだ。


「力が強ければ最強か? それとも茫漠たる知識を得れば最強か?」

 僕の事など気にせず(多分、双方の視界に入っていない)天華は得物の切っ先を男達へ向ける。


「答えは、全て――――否」


 鈍い音が響いた。肉の中で骨が砕ける音だ。鉄塊と形容すべき巨大ディバイダーで胴を殴られれば、そうもなる。


「力も知識も、最強には程遠い。最強ってのはなあ――」


 刹那。ビデオが巻き戻るように、天華の損傷部分が急速に再構築されていく。


、という事なんだよッ!!」


 男がMP5の引き金トリガーに力を込めるよりも早く、振り下ろされる鉄塊。身長が十センチ以上縮み、首から上はピンクと赤を混ぜた肉塊に変じる。


「・・・・・・得物の銘は〈弱肉強食エクスカニバル〉と云う。ぴったりだろう、今この状況に」


 脳漿のうしょうを払い、〈弱肉強食エクスカニバル〉と銘打たれたディバイダーを肩に担ぐ。

 不遜に睥睨へいげいするその貌は、まさに吸血鬼。

 血を吸わずとも。

 日光を厭わずとも。

 天華のその姿は、吸血鬼そのものだった。


「さあ、派手な血祭りカニバルにしようじゃねぇか」

「化け物・・・・・・!」

「そいつを承知で・・・・・・喧嘩を買ったんじゃあねぇのか?」


 六人中三人が死んだ。

 損害は甚大であり、撤退するのが定石だろう。

 しかし。


「そうだったな、買ったのは我々だ」


 男――ベスパ1は嗤い、散らばった屍体を一つ掴む。


「外法には外法で挑むが、〝夜〟の道理」


 散らばった屍肉を喰らい、男は言葉を紡ぐ。

 詠うように、祈るように。言葉一つ一つに力が宿り、それは受肉するように幾重もの炎を点した。


「ちゃんと魔法が使える奴も、混じっていたとはな」


 その光景に臆する事も見くびる事もなく、天華は愉しげに応える。


「テメェに話して貰うぜ、〈三角定規〉の居所を――――なッ!!」

の名を気安く呼ぶな、化け物ッ!!」


 炎が廻り、車輪を描く。天華はそれを掻い潜り、左右から浴びせられる銃弾を〈弱肉強食エクスカニバル〉で受け止めると、その太い二本の針で串刺しにした。


「あの方・・・・・・だぁ?」

 血を拭い、憤怒の表情で牙のように鋭い犬歯を見せる。


「そんなじゃねぇだろう、あの木偶の坊ッ!」

「愚弄するか!」

「虎の威を借る代わりに魔法を使う半端者ウィズダム・ウィザードが、一丁前に抜かすんじゃねぇッ!!」


 刃の姿を成した炎を振り払い、跳躍。天華は一足飛びで間合いを詰めた。


「知識もねぇ歴史もねぇ、ないない尽くしの付け焼き刃チンピラ如きが、魔法だ〝夜〟だとご大層に語りやがって。テメェら脇役風情が、これ以上しゃしゃり出てくるなァッ!!」

「ッ!?」


 天華は背後を狙った男の首を捻じ切ると、その返り血を偽りの魔法使いに浴びせ掛ける。


「――御退場の時間だぜ、道化師」


 血で泥濘ぬかるんだ地面へ一歩、足を踏み入れた。

 魔法使いは更なる魔法を編もうと印を結ぶ。しかし組んだ指は震えており、声は力を帯びる前に霧散する。


「な? 所詮テメェはその程度なんだよ」

「っ――――」

「さっさと居所を吐けよ、そうすれば・・・・・・」

小田沢おだざわ一等軍曹SFCの小田沢 英明ひであきなら知っている筈だ。俺はそれ位しか知らない!!」


 魔法使いからただの男にやつした者は、救いを求めるように早口で天華の言葉に割り込んだ。


「は・・・・・・小田沢、ね」

「ああ、そうだ。なあ、喋ったんだ・・・・・・見逃してくれるよな?」

「悪いな」


 〈弱肉強食エクスカニバル〉を振り下ろす。

 無機質に。

 容赦なく。


「さっきの続き、〝楽に殺してやるよ〟なんだ」


 人の話は最後まで聞けよ、天華は骸と化した男へ手向けるように言葉を紡ぐ。


「でも良かったじゃねぇか、オレに殺されて。全く以て運が良い。皮肉じゃねぇぜ、本心からだ」

 天華が剣呑に穿つ視線の先、城之崎の屍体に刻まれた烙印がジリジリと青白い炎を上げていた。


「普通〈三角定規〉の手駒は、人間らしい死に方なんざ出来ねぇからな」

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