一、『出会ったのは、自称吸血鬼』その2

 正直、意味が分からない。


 いきなりやって来て、いきなり殺して、挙げ句の果てに吸血鬼を自称する。

 というか、何だ吸血鬼って。午後とはいえ、まだ太陽が業務に励んでいる時間。吸血鬼の設定は幾らなんでも苦しいだろう。ふざけているのか、コイツは。


「・・・・・・ま、知る訳ねぇよな。お前、見るからに一般人だし。どうせ界間旅行者わたるものってのも知らねぇだろう」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ふざけてんだろうな、マジで。


「ええと、白の・・・・・・さん」

「〝純白の深紅パラドツクス・カーマイン〟な。別に気に入った名前じゃねぇから、構わねえけどよ。勝手に〈永久騎関システムズ〉に入れられて、勝手に付けられた名前だからな」

「じゃあ・・・・・・何て、お呼びすれば?」

「好きに呼べよ。今まで名乗ってきた名は百を超えてるし、あざなは九十九もある。今更一つ二つ増えた所で、大した事じゃねぇ」

「そう・・・・・・ですか――」


 いきなり見ず知らずの女の子に、名前を付ける羽目になってしまった。多分、僕の背後にあるメッセージウィンドウには〝名前を入力して下さい〟という画面が出ている筈だ。


 好きじゃないんだよな、名前付けるの。ゲームとかチャートがあれば出来るけど、基本的に得意じゃない。デフォルト名があるゲームは本当に助かってる。


 何で僕なんだ。どう考えても、こういうのは髪で目が隠れたギャルゲー主人公向きのイベントだろう。空から降ってきた記憶を失った美少女に名前を付ける、的な。間違っても、荒れ放題の中庭で煙草を咥える不良に発生していいフラグじゃない。


 こんな綺麗な、雪のような彼女に――――


「・・・・・・天華てんげ

「は?」

「だから、天華。雪の事だよ」


 天上天下唯我独尊も含んでいる事は、この際黙っておこう。

 出会って数分だが、コイツが不遜な奴である事はよく分かる。


「ああ、天上界の霊花か。悪くはねぇな、〝純白の深紅パラドツクス・カーマイン〟よりもずっと」

 〝純白の深紅パラドツクス・カーマイン〟改め、天華。全六巻のOVAみたいな名前から雪の異名へ変わった彼女は明け透けに笑った。


「では改めて、天華さん」

「尊称は要らねぇよ」

「・・・・・・天華、君の目的は一体何だ? 〈三角定規〉ってのを見付ける事か?」

「ある人物を追っている。〈三角定規〉はその手掛かりだ」

「ある人物、とは?」

 僕の問いに、天華はニヤリと嗤う。


「良いのか、戻れなくなるぜ?」

「・・・・・・戻れないどころか、思いっきり巻き込まれているんだけど」

 僕は視線を下に向ける。

 そこには事切れた男子生徒。麻袋は完全に燃え尽き、彼の顔と癒着していた。


 こんな酷い死に方、絶対したくない。


「それもそうか」

 天華は髪を掻き上げた。

「オレは、麦わら帽子の魔法使いを追って、世界から世界を旅している。偶然から、ソイツの弟子である〈三角定規〉がこの世界に紛れ込んだのを知った。それで――」

「ストップッ!」

 語り出した天華を僕は制す。

「設定が、設定が多い! せめて〝吸血鬼〟か〝魔法使い〟のどっちかに絞ってくれ!!」

 それに、と僕は男子生徒(屍体)を指差した。


「吸血鬼を自称するなら吸えよ、血を! 何燃やしてるんだよ!!」

「えー、嫌だよ。人の血とか不衛生だし」

「じゃあ、せめて日光の下を歩くな!」

「うっせぇな、朝だろうが夜だろうがオレがいつ出歩いたって勝手だろ?」

「アイデンティティッ!」

「型にはまらない生き方、格好いいと思わないか?」

「ぐっ・・・・・・」


 くそう。

 ちょっと格好いいと思ってしまったじゃないか。


「・・・・・・まあ、とにかく。オレは〈三角定規〉がこの辺りで大暴れしているレジメント、ホーネットワムズに潜伏している事を突き止めた。けど連中、ヤクザやマフィアみたいに事務所構えている訳じゃねぇから、炙り出すのが面倒なんだ」

 そこで、と屍体を蹴り飛ばす。


「コイツの出番だ」

「どっかのマフィアみたいに、電柱に生皮剥いで吊すのか?」

「そんな面倒な事するかよ」

 天華はしゃがみ込み、男子生徒のネクタイを緩め始めた。それからピタリと止まり、僕の方へ振り返る。


「おい・・・・・・お前ちょっと、今エロいことしてると思っただろ?」

「馬鹿馬鹿しい、思う訳ないだろう」


 正直、ちょっと思った。


「まあいいや。コイツの・・・・・・ええと、この辺か。もしかしたらケツだっけかな・・・・・・」

 あれこれ探す内に、どんどん脱がされていく男子生徒(屍体)。僕はパンツにまで掛けた天華の手を掴んで制す。武士の情けというものである。


「ああ、あった。やっぱ腹か」

 天華は死者への敬意など微塵も見せず、それを僕へ見せた。

 ヘソの上、格子状の入れ墨みたいなモノが刻まれている。


「魔女の烙印だ」

 愉しげに天華は指で入れ墨を弾く。

「コイツがあれば、魔法使いに隷属させられる代わりに術者の所持している魔法の一部が使える」

「レジメントが魔法って・・・・・・」


 僕は失笑した。

 レジメントとは、不良グループの総称だ。暴力、ドラッグ、セックス。この世の悪徳の限りを尽くす連中が、そんなオカルトに傾倒するとは思えない。


「そうでもねぇぞ」

 天華は訝しむ僕へ口元を歪めた。

「魔法にとって、背徳と悪徳は切っても切り離せねぇ関係だ。何なら曲学阿世きょくがくあせいなお前の為に、ワルプルギスの夜でも引用してやろうか?」

「結構。それにゲーテは『若きウェルテルの悩み』の方が好みだ。気分が落ち込んだ時に読むと、気持ちが晴れやかになる」

「お前、友達居ないだろう」


 冗談などではない、本気で心配している声音だった。

 自称吸血鬼如きに心配される所以ゆえんはない。


「・・・・・・で、ホーネットワムズがどんな魔法を使うんだ?」

「色々使えるが、一番は伝達の魔法だ。同じ刻印を持った者同士、遠くに居ても会話が出来る」

「単なる携帯電話ケータイじゃねぇか。そんなものにいちいち魔法を使うなよ」

「何処でも常にバリ三で、どんなに長電話したとしても馬鹿高い電話代を払う必要がなくてもか?」

「魔法すげぇッ!!」

「お、おう・・・・・・変わり身ぇな」

「死活問題だ。その電話代のせいで、現在僕はケータイを取り上げられている。今度やったらプリペイドのPHSピッチに格下げされてしまう」

「自業自得じゃねぇか」

 天華は肩を落とし嘆息した。


「――で、まあ・・・・・・この伝達の魔法には特殊な機能があってな。使用者が死亡した場合、刻印を持った者達全員に通知される。そいつが死んだ位置と一緒にな」


 屍体を蹴り飛ばす。

 散々蹴られてそこら中の骨が折れてしまったのか、屍体の四肢はおかしな方向で捻れて地面に転がった。


「つまり、狼煙ってのは・・・・・・」

「ま、だ。そろそろ来るぜ、うるさい働き蜂共が」

 天華は愉しげに嘯くと、背負ったケースを地面へ突き刺した。

 ジッパーを下ろし、中から一本の鉄棒を取り出す。


「鉄パイプ・・・・・・?」

「持ってろ。さっき火を貸して貰った礼だ」

「嬉しくない礼だ」

 僕は鉄パイプを受け取ると、直ぐさまその違和感に気付いた。


「これ、普通の鉄パイプより重くない? 空洞じゃないし」

「そりゃ、中に鉛をしこたま仕込んであるからな」

「・・・・・・そんな得物モノ喧嘩に使ったら、普通に死ぬぞ?」

「当たり前だろう、は殺す為の武器だ」

「は?」


 呆ける僕に、天華は「何を今更」という感じで眉を動かす。


「もうそこに転がってるだろ、屍体。狼煙を上げたんだよ、は。こっから先は、喧嘩じゃねぇ。チャンバラでしのぎを削るみてぇに命を削る、ガチの殺し合いだ」

「勝手に〝オレ達〟にするな」


 付き合ってられない。

 僕は鞄を掴むと、教室棟へ向けて踵を返す。


「おい馬鹿、今迂闊に動くな――――」


 何処へ行こうが僕の勝手・・・・・・そう、告げるつもりだった僕の口が身体ごと天華に吹っ飛ばされる。何か大きな音。何しやがる、文句を言うつもりで睨み付けた彼女の身体。


「嘘だろ・・・・・・」


 蜂の巣、というよりは落下した柿のようだった。銃弾によって肉が抉られ、削れた肉の隙間からひたひたと血がにじみ出している。頭からはピンク色の固形物がはみ出ており、多分アレは脳みそなんだろう。


「――ベスパ1、クリアー」


 抑揚のない声。

 現れた六人はいかにもチンピラという出で立ちだった。釘バットでも担いでいれば、きっと様になっただろう。


「何で・・・・・・」


 それなのに、有り得ない。

 どうして、不良グループレジメント風情がMP5なんて構えているんだ?

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