あるオッサンの回顧録~自称吸血鬼の女の子に火を貸したら、お礼に鉄パイプを貰ったのだが~
湊利記
第一章『出会ったのは、自称吸血鬼』
一、『出会ったのは、自称吸血鬼』その1
うちの生徒が、ブルセラショップに出入りしていたらしい。
なので、午後の授業は全校集会となった。
正直、意味が分からない。出入りしていた奴等が怒られるなら分かるけれど、何で無関係な僕らまでお説教を受けなければならないんだ。冗談じゃねぇ。
こういう時、不良をやっていて良かったとつくづく思う。こうしてサボったところで、誰も気付かない。真面目な奴は今頃、直立不動でやってもいない事について怒られなければならないのだから可哀想だ。
学校の先生も親もマスコミも、口を揃えて〝最近の少年犯罪の凶悪化〟を嘆いている。この前高速道路で起きた事件なんかは、わざわざ再現VTRまで使って繰り返しやっている有様だ。
少年犯罪の凶悪化、当の少年である僕には疑わしい。高速道路の前は吉祥寺で銃撃戦なんかやってたらしいけど、それらは全部何処か遠くの出来事でいまいち現実感がない。薬莢でも落ちているかと行ってみたけど、BB弾すら落ちていなかったし。
先生や親、マスコミが考えているよりも、僕らは割と日の当たる日常を歩いて暮らしている。暴力沙汰、ドラッグ、援交、世間を賑わせる見出しの数々は全て無関係で、僕にとっては遠い国の出来事みたいなものだ。そもそもブルセラショップぐらいで全校集会になる辺りがそれの証左だと思うのだけれど、どうやら連中はそれに気が付いていないらしい。
「踊らされてるんだよな、皆」
僕は座り込んで煙草を咥えると、ジッポーで点火する。
未成年の喫煙は法律で禁じられているが、僕は不良だ。不良にこの国の法律は適応されない。
「そのうち、踊り過ぎて疲れちまうよ」
此所は実習棟と教室棟の隙間にある空間。昔は中庭だったらしいが、その面影は何処にもない。今では在校生は疎か学校関係者さえこの場所を認識しておらず、こうして僕の絶好のサボりスポットとなっている訳だ。
「――やっぱ良いな、
僕は模型雑誌をめくり、煙草を吹かす。
今日は雲一つない晴天、こういう時の読書は気持ちが良い。
「平和だな・・・・・・」
今頃体育館では生活指導の
「今度は何人倒れるんだろうな・・・・・・」
この前は四人だったか。
ゴリ崎は記録更新を狙っているに違いない。
「――なあ、お前」
突然声がして、びくりと身体を震わせる。
びっくりした。こんな僻地、人なんて来ないと思っていたから。
「火、持ってんだろ? 貸してくれよ」
「え――――」
そこに居たのは、女子だった。声で気付けよ、自分。
飛行機雲のように伸びた、腰まで届く真っ白い髪の少女。白髪とは違い、一本一本がキラキラと光っている。着ているのはセーラー服だが、うちの学校とはデザインが違う。多分、他校の生徒だろう。部活に使うのだろうか、大きなキーボードケースを背負っている。
いや、そもそも。
「何だ、いや、何で・・・・・・それ?」
少女が左手で鷲掴みにしているのは、誰かの頭。顔は濡れた麻袋を被らされて判別出来ないが、彼の着ているブレザーの制服には見覚えがあった。馬鹿と不良しか居ない、市内屈指の底辺高。アレを見たら回れ右して逃げろと言われている。
それが何でうちの高校に?
しかも何か、半ケツだし。
「ああ――――使うんだ、火」
少女はにべもなく答える。
「だから早く貸してくれよ、そのジッポー」
何に?
・・・・・・とは聞けない。
ケツを出している男子生徒で大体分かる。
多分、エッチな用途だ。蝋燭とかに使うのだろう。
「・・・・・・なあ、助けてくれよ」
麻袋越し、くぐもった声で男子生徒は呻き声を上げる。
「俺、何も知らねぇんだ。つか、俺じゃねぇって・・・・・・何で俺なんだよ・・・・・・」
「そりゃテメェが、ホーネットワムズの
少女は男子生徒の顔面を叩き付け、ローファーの底で地面へめり込ませる。
「知らない訳ねぇだろう、ホーネットワムズなんだからよ」
「だから・・・・・・俺は、
「御託は良いんだよ、クズ」
激しいプレイだ。こんなのAVでも見た事ない。
「おいお前、早く火寄越せ」
「え・・・・・・あ、はい」
いよいよプレイが始まるのか、僕は少女にジッポーを渡す。
しかしこの状況、僕が居て良いのだろうか。こういうのは二人っきりで愉しむモノなのではないだろうか。人に邪魔されたくないからこそ、わざわざ他校の僻地まで来たのだし――
「テメェが知らないかどうかなんざ、この際もう関係ねえ」
蓋を弾き、ホイールを廻す。
火花が散って、ジッポーに火が点る。
「・・・・・・は?」
思わず、吸っていた煙草が口から落ちる。
ジッポーの火を少女は麻袋へ近付けた。躊躇なんか一切していない。メラメラと燃え始める麻袋。当然、麻袋の下には男子生徒の顔が――
「狼煙にするんだよ、テメェの
麻袋が燃えている。火力が強い。恐らく、麻袋に可燃性の何かが混ざっていたのだ。
「――――――――――!!」
男子生徒が叫び声を上げる。
聞いた事のない声だった。
悲鳴、なんだろうが、ここまで心底怖い悲鳴を僕は聞いた事がない。
命が、自分の命が尽きようとしている時に発せられる、文字通り断末魔の悲鳴。それを僕は初めて感じて聞いた。
人の肉が焼ける、臭いと共に。
「君――――一体、何者・・・・・・?」
「そうだな、最近はよく白の〝
蓋を閉めた僕のジッポーを投げて返す。
とても熱い。これが、人を殺した熱さだ。
「お前、知ってるか?」
吸血鬼を自称する少女は僕に問う。
「〈
命が燃える炎を背に。
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