第2話 その2


「あー、でも衣都さんがうちに来てくれてよかったな。お父さんもお母さんも優しくなった気がするし、お祖父ちゃんもぼんやりしてたのがなんだかしゃきっとしてきたし」


 私服に着替えた美生は溜まっていた物を吐き出すように言うと、歩きながら私の方を振り返った。


「そうなの? ……だとしたら私もやりがいがあるな」


 私は商店街の中を若者らしく軽快に歩いてゆく美生を見て、妹がいたらこんな感じだろうかとほのぼのした気分になった。


 美生がこれから向かおうとしているのは彼女が家庭教師をしている小学生、歩鷹君の家だ。    


 歩鷹君は先生の病院に通院している男の子で、先生の娘である美生と医院の中で顔を合わせているうちに勉強を見てあげるという話になったらしい。


「ね、衣都さん、ちょっと寄り道して行っていい?」


「どこに行くの?」


「あそこの花屋さん。お花を何本か買うの」


「いいわよ、もちろん」


 わたしが頷くと、美生なぜか硬い表情で「ありがとう。じゃ行って来るね」と言って目と鼻の先にある花屋に姿を消した。数分後、小さな花束を手に戻ってきた美生は「ちょっとそこまで付き合って」と言うと花束を手にすたすたと歩き始めた。


                ※


 美生が足を止めたのは、河川敷に設けられたジョギングコースの途中だった。


「ここ」


 そう言って美生が指で示したのは、コースに設置された休憩スペースだった。


「これって……」


 わたしは街灯の下にしゃがんで花束を置く美生を見て、彼女がしたかった事を察した。


「ここで殺された子も、まさか学校に行く途中で襲われるなんて思わなかったよね」


 美生が置いた花束と同じような物がいくつか見えるその場所は数日前、小学生の男の子が通り魔に襲われた現場なのだった。


「怖いよね。動機がわからないし、絶対に安全なルートがあるってわけでもないし」


 わたしが呟くと、美生は「噂ではこのへんでたまに目撃される『もうきんの目』をした人が怪しいって」とあたりを気にするように小声で言った。


「それならわたしも聞いたことがあるわ。事件の前から噂になってた不審人物でしょ」


「うん。見かけたらすぐ逃げた方がいいよね。……さ、もう行かないと遅れちゃう」


 美生はそう言うと、不安から逃れるように早足でその場を離れた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る