21.サバ入り肉じゃが


 買い物を終えた俺は、彩姉と一緒に家のマンションへ帰り、テキパキと夕食の準備を進めて──。


「彩姉、晩飯ができたぞ。ゲームをやめて手洗いを」

「ありがと。お母さ──」


 彩姉がソファから立ち上がった瞬間で制止する。

 これはあれだ、口が勝手に動いてしまったヤツだろう。


「無意識に口が動いてしまうくらいリラックスしてくれているという事だろう。光栄だ」

「あんた何でもポジティブに捉えすぎじゃないの!?」

「子供の頃、彩姉から教わった事だが……」

「ぐっ……! い、今だって子供でしょうが!」

「確かに。さぁ、早く手洗いを」


 ぐぬぬと呻いてキッチンに向かう彩姉を見送って、テーブルに夕食を並べてゆく。

 サバ入り肉じゃが。普段はほとんどやらない下拵えをして作った自信作だ。レシピサイトで『肉じゃがの出汁とサバの組み合わせが良好である』と見かけていて、いつか作りたいと思っていた献立である。

 その他、作っておいた副菜を並べ、お吸い物と炊き上げた雑穀米を添える。


「うぅ、ホントに美味しそう……! 肉じゃがにサバが、サバがっ……!」

「漬物やサラダ、出汁巻き卵もあるぞ」

「え。出汁巻き卵まで電子レンジでできるの?」

「丁度いい大きさの耐熱タッパーが必要だし、ちょっとコツがいるがな。失敗すると水っぽくなる。雑穀米は大丈夫だったか?」

「うん。実家だと白米の方が珍しかったから。でも、どうして雑穀米?」

「食物繊維が豊富になって、胃の調子が良くなる。味も食感も普通の白米とほとんど変わらないのでオススメだ」

「あんた、ファーストフードとか絶対食べないでしょ?」

「まさか。時々貪り食べる。あの身体に悪いという概念そのものの味がたまらない。この前一緒に菓子をしこたま食べただろう? あれと同じだ」

「健康オタクめ……」


 舌打ちをしながら席についた彩姉は、すっと背筋を正し、手を合わせた。


「いただきます」

「おあがり」

「私は犬か!?」


 彩姉が、がるるっ、と声が聞こえてきそうな顔で睨んでくる。不意に犬耳とふっさふっさと動く大きな尻尾を幻視した。シベリアンハスキーとか、ああいうの。

 昔からだが、彩姉は長身という事もあって大型犬っぽいのだ。お、なんだか餌付けをしている気分になってきたぞ。ぞくぞくする。


「ちょっと律。あんた今変な事考えてない?」

「まさか。とにかく食べてくれ。お代わりもある」

「う、うん」


 テーブルの中心に置かれたサバ肉じゃがにスプーンを入れて、少量を自分の皿に移し、箸で口に運ぶ。濃口のめんつゆをベースに作った出汁が染み込んだジャガイモが彩姉の小さな口の中に消えて、ゆっくりと咀嚼されていって──。


「……美味しい」


 二口、三口と箸を進めてゆく。ジャガイモ、にんじん、タマネギ、サバ、白滝──。


「うん……美味しい」


 コクコクと肯きながら、サバ肉じゃが以外の料理も摘み始める。

 口元は緩み、目尻が下がってゆく。雑穀米に満たされた茶碗を手に乗せ、パクパクと俺の電子レンジ料理を胃に詰め込んでゆく。

 その様は、この前ウチに来た時と変わらない。なんというか、本当に幸せそうだった。見ているこちらが幸せを覚えてしまうほどに。


「律、あんたも食べなさいよ。これあんたが作った料理なんだから。ホントに美味しいわ」

「ああ、そうする。でもその前に」


 席を立って冷蔵庫に行くと、中から一本のアルミ缶を取り出して、テーブルに置いた。


「!? こ、これは──!?」


 カラフルなデザインのアルミ缶。キンキンに冷えたそれは、スーパーで彩姉が買おうとしていた缶ビールだ。


「ど、どうしてビールがあるのよ!? スーパーじゃ買わなかったでしょ!?」

「引っ越した時に親父が泊まっていったんだが、その時に晩酌用に買ったんだ。そして全部飲めずに置いていった。まだ三本くらいあるぞ」

「しかも私が好きなヤツ……!?」

「彩姉が買おうとした物がウチに残っていたこれと同じだと分かった時は安心したよ。さぁ、飲んでくれ」

「ダ、ダメよ! お父さんがまた来た時に飲むでしょ!?」

「どうせまた買ってくる。そしたら冷蔵庫の中が圧迫される。真面目な話、邪魔なんだ、これ」


 未成年の俺と二人きりの夕食の席だからこそアルコールは飲まない。別に誰に見られている訳でもないのだが、彩姉はそういうところにしっかりと線引きをする真面目な人だ。

 だからこそ、こういう理詰めには弱い。


「…………」


 テーブルの上のビールと、向かいの席に座った俺の間で視線を彷徨わせる彩姉。

 やがて観念したのか、それともアルコールという誘惑に負けたのか。彼女はぷるぷると震えながらビールの缶を掴んだ。


「一本だけ!!!」


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