19.律の家に食べに行ってもいい?
昼休みになってまとまった時間が取れたので、早速ラインでメッセージを飛ばした。
『元気か?』
親父から飛んでくるメッセージと一字一句変わらない文面だった。よく秋山から『高浪の返信は雑だ』と胡乱な眼でクレームを貰っているが、こういう性分なのだ。
メッセージにはすぐに既読がついて。
『田舎のお父さんみたい』
ぴこん、と、そんな返事が来た。
この即レスぶりと文言に安心感を覚える。どうやら軽口を返せるくらいの気力はあるようだ。
『秋山にも言われている』
『なに?』
『昨日の謝罪をちゃんとしていなかった。すまなかった』
『べつにきにしてない』
スマホの画面に浮かぶ漢字変換されていない一行から、俺は確かな苛立ちを察する。触れない方が利口だっただろうか? だが、今朝の秋山の反応からして、一言詫びるべきだろうと思ったのだから仕方が無い。
そんな風に渋面を創っていると、ぴこん、とメッセージが来る。
『それだけ?』
無論、違う。
『あれからウチに来ないから。心配だった』
『ご心配どーも。でも、昨日見たでしょ? 引き篭もってない程度には元気よ』
『だが、顔色は悪かった。ちゃんと食事はしているか?』
『あんたは私の親か!?』
『外食が悪いとは言わない。だが、油モノや炭水化物ばかり食べていると、思考にも悪影響を及ぼす事が科学的に証明されている。コンビニで食べ物を買う時はサラダや脂質の少ない鶏肉等を使った惣菜がオススメだ。油に慣れた舌なら、ああいうのは強い新鮮味を味わえる』
『健康系ユーチューバーか!? この前しこたまお菓子買って貪り食べてたでしょ!?』
『極たまにしかやらないから問題無い。面倒なら作りに行くぞ。無論、大した物はできないが、それでもこの前ウチで食べた献立くらいはパパッと作れる』
既読がつく。だが、なかなか返事は来なかった。
五分後。ぴこん、とメッセージが来る。
『律の家に食べに行ってもいい?』
断る理由は無かった。
学校から駅に伸びる馴染みの通学路を駆ける。小さな商店街を抜けて、とあるマンションの前へ。
そこには、丈の短いカラフルなTシャツとスラリとしたデニムのスキニーパンツを身につけた彩姉が待っていてくれた。ツバの大きな帽子の下にある切れ長の瞳は忙しくなく周囲を見渡していて、軍用レーダーのようにぐいんぐいんと首が動く度に、帽子の後ろから伸びている長いポニーテールが揺れた。
昨日とはまさしく別人だった。
息を整えて歩み寄ると、彩姉が気付いてくれた。不安そうに強張っていた表情が、ぱっと明るくなる。だが、すぐに思い出したように仏頂面を浮かべて腕を組んだ。
「遅い」
「だから着いたらラインをするって言っておいたじゃないか」
どうして外で待っていたのかが分からない。
すると、彩姉は顔を横に背けた。帽子のツバをくいっ、と下ろして表情を隠してしまう。
「暇だったの。私の勝手でしょ?」
「確かに。それにこうして外に出て陽の光を浴びるのは実に健康的だ。人は日光を浴びるとセロトニンというホルモン物質が分泌されるんだが、これにはストレスを緩和する働きがあるんだ」
「だからどうしてそんな健康系ユーチューバーみたいな事言うのよあんた……ホントに十六歳の高校生なの……?」
「じいさんが健康オタクだったから、その影響だと思う」
「あー……そういえば権三郎さんって健康志向強かったわね。ところで──」
ツバを下ろしたまま、彩姉が顔をこちらに向ける。
「ホントに行ってもいいの?」
「ダメなはずが無い。それにこの前言っただろう。ウチに来たくなったら来てもいいと」
「……ほら。律の時間、無駄にしちゃうかなぁとか、思っちゃって」
「無駄なものか。昔、彩姉が俺の為に色々な事をしてくれたが、あれこそ時間の不法投棄だった。だから──」
その時、彩姉が俺の顔に手を伸ばして、鼻先を摘み上げた。ふがが。
「あんた、まだそんな下らない事言ってんの? あれは私にとっても有意義で素敵な暇潰しだったの。あんないい気分転換、なかなか無かったわ。そんな時間を勝手に不法投棄なんて言わないでくれる?」
「ふぁい」
「お陰であんたは色々な遊びを覚えて、勉強もできるようになった。権三郎さんも満足してた。それでいいじゃない」
「ふぅん」
「よろしい」
彩姉が満足そうに笑うと、手を離してくれた。
昔の事になると、少しだけあの頃に戻ってくれるんだな、彩姉は。よし、落ち込んでいる時は積極的に話のネタにしていく事にしよう。
「とにかく、彩姉と関わる時間が無駄なはずがない。それだけは明言しておこう」
「…………」
「彩姉?」
「……かえでちゃんはいにゃいにょ?」
「なんで彩姉までカタコトに? そして何故噛む?」
「こんな状況で! そんな事言われたら! 誰だって緊張するし訳分かんなくなるし舌の一つや二つ噛むわ!」
「……そうか……」
「っ──! そ、そんなしょんぼり顔、さ、されたってっ……! う、うぅっ……わ、悪かった、悪かったわごめんなさい! だからそんな顔、し、しないで、よ……」
「彩姉こそ、そんな泣きそうな顔をしないでくれ。しょんぼり顔とやらが何なのか分からないが、善処はする」
「そ、そうして……ところで、楓ちゃんいないの?」
「誘ったんだが、生憎と部活だ。本人は彩姉ととても会いたがっていた。後でラインが来るだろうから、相手をしてやってくれ」
「……うん」
「じゃあ行こうか。途中で夕食の買い物をするが、構わないか?」
「も、もちろん。あ。お金は出すから。ご馳走になる訳だし」
「そうか。助かる」
こうして俺達は肩を並べて駅へ向かった。
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