14.部屋のお掃除はまた今度
「ホントにあれで良かったの?」
駅まで送る道すがら、秋山が不安げに言った。
「何がだ?」
「YANEAさん──彩音さんへのアレコレ」
「もちろんだ。打ち合わせ通りに動いてくれてありがとう」
秋山を部屋へ招き入れて彩姉と交わしてもらった世間話は、事前に俺が仕込んだシナリオである。
その目的は単純明快だった。
「あれで──彩音さんは立ち直ってくれるのかな?」
「分からない」
「えぇっ!? 話は高浪が思ってた方向になってたはずだよね!?」
「ああ。だが、あれからどう動くかは彩姉次第だ」
昨日からの彩姉の様子と、『年下スウェット』の作者YANEAさんの活動報告の内容から、今の彩姉は極端に自信を失ってしまっているのは容易に理解できた。『正直、このまま書き続けられるかどうか自信がありません。何をするにしても自信が持てないのです』と綴っていた以上、間違いない。
「さっきの話で自信を取り戻せたのなら万々歳だが、そんな簡単なものじゃない、と思う……」
だから、失った自信を取り戻してもらおうと思った。
その手段として、彩姉が発表しているweb小説を書き続けてもらおうとしたのだ。
あれほど尊い話を書けるのは凄い事だと。
沢山の読者達から続きを望まれるような素敵な小説とキャラクターを創れたのは素晴らしい事だと。
媚びへつらうのではなく。無理矢理褒め讃える訳ではなく。
俺達は本心からそう思って、その思いをぶつけた。
「でも、この方法ってさ。相談された時にも言ったけど、作者としての彩音さんを追い込むかもしれないよ?」
「…………」
「今テレビでやってるラノベ作家が主人公のアニメでもあったじゃない。面白い話を期待する読者に応えようと自分を追い込んで、逆に何も書けなくなっちゃって、筆を折りかけるヒロインの話」
もちろん、その懸念はあった。
あったが、それでも今の彩姉に筆を折らせる訳にはいかないと思った。
「俺は今の彩姉の事を何も知らない。小学生の頃、爺さんが死んで親父の所に戻ってから疎遠になって、昨日会うまで、どこで何をしていたのかも知らない」
「……うん」
「web小説の他に、彩姉に何か自信に繋げられるモノがあるのかもしれない。昔打ち込んでいた競泳を今も続けていて、それをストレス解消にしているのかもしれない」
「…………」
「でも、本当に何も無いかもしれない。web小説を書く事以外に、ストレスをぶつける先が無い可能性だってある」
俺は心療内科の医者じゃない。他人の正確な精神状況なんて分からない。
でも、爺さんの家で育てられていた頃の俺は、まぁ何とも面白味の無い、それこそ本当に何も無いガキで。
今の彩姉が、その頃の俺と、少しダブった。これは早く何とかしないと、と直感してしまったのだ。
だから、無理にでもweb小説を書き続けてもらう方へ誘導して、失われた自信の糧にしてもらおうと考えた。
「あぁ、くそ。やはり子供だな俺は。本当なら彩姉のご家族に連絡を取って、今の状況を話すべきだった……」
「確かにそれが正しかったと思う。でも、できなかったんでしょ……?」
「ああ、彩姉の連絡先すら分からなかったんだ」
だから仕方がなかった──とは思ってはいけないだろう。
今更ながら酷い罪悪感が降って湧いてきた。俺はなんて出過ぎた真似をしてしまったのだろうか。
思わず頭を抱えてしまう。すると、横を歩いていた秋山が苦笑した。
「大丈夫じゃないかな?」
「……さっきは心配するような事を言っていたが?」
「心配してるのはホント。でも、高浪の言ってる事も分かるから協力した訳で」
それに、と彼女は一度言葉を切る。
「私も、彩音さんには立ち直って欲しいから。大きな借りがあるし。いや、世間は狭いって聞いた事あるけど、ホントにそうなんだなぁ」
「……どういう意味だ?」
意味が分からずに目を細めた時、駅に着いてしまった。
「見送りご苦労様です。あたしはこれで帰るね」
「すまない。せっかく来てもらったのに」
あのまま彩姉の話し相手を続けてもらいたかったのもあるのだが、彩姉が少し疲れているようだったので、今日は帰ってもらう事になった。部屋の掃除等の諸々も全部棚上げとなってしまった。
「今日は仕方ないよ。で、さ。来週とかは……どう?」
「俺は構わない。もちろん──」
「お父さん達の許可はちゃ~んと取ります。彩音さんの事も気になるし。また話したい」
「もちろん。頼む」
「は~い。じゃ、また来週。学校でね」
眩い笑顔を残して、秋山は改札の先に消えて行った。
彼女の背中が見えなくなるまで見送った俺は、よし、と踵を返す。
「スーパーで食材を買い足して行こう」
一人部屋で待つ彩姉も心細い思いをしているかもしれない。菓子やジュースも買っていくとしよう。
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