13.自信を無くす必要はない
よし。ならば作戦通りに進めよう。
横眼で秋山を一瞥すると眼が合った。では予定通りに。
「そうか。いや、すまない彩姉。どうやら俺の思い違いだったようだ」
「ごめんなさい。大好きなweb小説だったから、つい。作者さんだったらいいなぁとか期待しちゃって」
秋山と揃って彩姉へ頭を下げる。
すると、彩姉が慌てて首を横に振った。
「そ、そんな深刻にならないで。私も『年下スウェット』は読んでた、から。それ、で、あの」
「はい?」
「……二人は、『年下スウェット』の、どこが、いいと、思った、の……?」
怖がりながら、怯えながら、躊躇いながら。
彩姉が期待に濡れた瞳を俺達に向けてきた。
「もちろん、『愛衣』さんが本性のズボラ加減を隠しながら、『リオ』君と必死にラブコメするところですねっ!」
「『愛衣』のキャラがいい味を出している。無表情で不愛想、会社のアダ名は鉄面皮。もはや陰口とすら言えるアダ名を持っている彼女はプライベートでもその性格を変えない。変えないが故に面白いんだ」
「だよねだよね! 無表情のまま『リオ』君に見つからないようゴミを片付けて、クソダサ下着をクローゼットに叩き込んで、クソダサスウェットをクソダサいと気づかずに着て『リオ』君と会うのマジ可愛いの!」
「『リオ』も策士だ。奴は『愛衣』が自分の理想を崩さないよう『完璧な木村愛衣』を演じているの知っている。知っていて、『愛衣』には知らないフリをして交流している。それは彼女の頑張りを無駄にしたくないからだ。自分を特別に思ってくれている事に気づいているからだ。これがまたいじらしい」
「だからこそ『愛衣』さんの頑張りぶりが微笑ましくなるのよね~……素で接しても『リオ』君は受け止めてくれるのに」
「あの二人の交流は永遠に見守りたいものだ」
事前に打ち合わせをしていた通りに、俺と秋山は『年下スウェット』の尊さを言い重ねてゆく。
ただ、その内容までは打ち合わせはしていなかった。阿吽の呼吸のようにできたが、完全にアドリブだ。
褒め殺しをしよう、なんて姑息な考えは無い。
ただただ純粋に『年下スウェット』──『年下の幼馴染が私を好きすぎてスウェット姿でビールを買いに行けない』が面白かった。癒しだったのだ。
「PV数や評価ポイント的に書籍化していてもおかしくはなかったんだがな」
「そうねー。正直コミカライズしてほしかった……! ほら、今年上ラブコメモノってブーム来てるでしょ? 絶対売れるって」
「読みたかった。ああ、読みたかったな」
「書籍化の話は断ったわ。会社が副業禁止だったからさ」
そう言って、彩姉は寂しそうに笑った。
俺と秋山は揃って口を閉ざして。彩姉はすぐに何かに気づいた様子で口を半開きにした。
「そそそそそそういう話をあとがきで読んだのよほらYANEAさんって時々会社の愚痴とか書いてたじゃないあとがきに!」
「そういえばそうだったな」
「そういえばそうだったね」
確かにあとがきには時々会社への恨み節があったが、書籍化の話は一度もしていなかったはずだ。何度も読み直しているので間違いない。
「昨日、YANEAさん活動報告を更新されてたけど。心配だね」
「仕事に忙殺されていたとはな。辞めたと言っていたが、正直凄まじく心配だ。ああ、我が事のように心配だ」
すると、彩姉がおずおずと口を挟んでくる。
「そ……そんな、に……?」
「タダであれほど楽しませてもらったんだ。心配をするくらいしかできない自分が恨めしい」
「……きっと、だけど。心配をしてくれるだけでも、作者は嬉しいと思う、わ。よ、よかったら、活動報告にコメントを返して、あげて」
「ああ、そうする」
俺は笑顔で肯いて。慎重に選んだ言葉を口にした。
「僭越ながら、自信を無くす必要は無いとコメントしておくよ」
「……自信……?」
「これだけ俺達に尊さを与えてくれたんだ。何度も読み返させるweb小説を書けたんだ。俺にはとてもできない。誇れる事だろう?」
「で、でも、仕事が忙しくて続き書けなくて……その、また書けるかどうか分からなくて、削除しようとか言ってるのに……?」
「読者として悲しくはあるが、趣味で書いている以上仕方ないんじゃないのか? 仕事が大変だから、息抜きや気晴らしに書いていたものだったんだろう。なら、書く事を義務だと考えて欲しくはない。気晴らしではなくなってしまうし、きっと負担になるだけだから」
爺さんが言っていた事だ。趣味を義務にするな、と。そうなった瞬間に趣味は娯楽ではなくなるそうだ。
正直、よく分からない。なにせ趣味らしい趣味が無い身だ。まぁ、ソーシャルゲームの周回プレイを義務化されたら三日で発狂する自信はある。
「書くのは辞めてもいいだろうし、『年下スウェット』を削除するのも、YANEAさんが何かに区切りをつける為に必要ならしてもいいと思う」
でも、と俺は言葉を区切って、再び同じことを口にする。
「自信までは消す必要は無い」
「……自信、まで?」
「さっきも言っただろう? 俺達に沢山の尊さを与えてくれた事だ。せめてその事だけはYANEAさんに誇ってもらいたい」
彩姉は何も答えなかった。無言のまま、温くなったお茶をちびちびと飲んでいた。
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